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テーマ・ミュージック?
2008年 03月 31日
≪ちょっとスペインの音色...& petitesmusiques≫に、「テーマ・ミュージック?」というのをアップしました。よかったら、ご試聴下さい。
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by peque-es | 2008-03-31 14:00 | コーヒー・ブレーク
日本にもあったシエスタ・タイム!?
2008年 03月 16日
昭和37年の日本のデパートでは、従業員の健康の為に、12時から3時までの3時間、店を閉めてたそうだ。で店員はその間、昼寝をしたり、おしゃべりをしたりして、休んでた…というのを、ほぼ1週間前、チャンネルの通りすがり(?)に見て、忘れないように非公開でメモしてたのでした。何チャンネルだったかはメモってないけど、「昭和のデパート○○」というようなタイトルだったかも?

日本にもシエスタ・タイムがあったのか!? と、ちょっと感動したような、そして目からウロコ的気分?

シエスタ(siesta)というのは、スペイン語で「昼寝」の事。元々は、夏の暑い日中はできるだけ体を休めるという、昔からの生活の知恵だったと思うのですが、そのテレビ番組によると、日本のデパートがそんな勤務体制を採っていたのも、暑い夏の昼間は従業員の健康保持の為に…というような理由だったらしい。

で思ったのですが、当時はデパートといえども、冷房なんてなかったとか…??

昭和37年と言うと、未だ四国の田舎に住んでた小学生。その工場町には、2階建てのデパート(一応大丸)しかなく、そこに鳴り物入りで(?)エスカレーターが出来たのは、確か中一の時。エスカレーター開通(?)の翌日には、同級の男子生徒たちが、「あれ、逆向きに駆け上ると面白いゼ」みたいな事を言ってはしゃいでいた。

たま~に行く都会(大阪)のデパートがどんなだったか、非常に断片的なイメージしか残ってないし…それに考えてみると、行ったのはいつもお正月前後、つまり冬だったので、冷房があったのかどうか、分からない。
ちなみに大阪は経由地で、行き先は母の実家がある和歌山。一応県庁所在地なので四国の工場町に比べると大きなデパートがあったけれども、そこも食堂のBランチしか覚えてないし…

昔の日本の夏は今ほど暑くならなかったけれど、湿度の高い日本で、デパートのような密閉された構造で、仮に冷房がなかったとしたら、確かに夏の昼間はかなりキツかったかも…と思うのですが…

それにしても、お昼の3時間、従業員の健康の為に店を閉めるなんて、今の日本や日本人からは考えられない大らかさ、ではないですか? 

…もしかして昔の日本人は、ちょっとスペイン人みたいだった…とか?

でもスペインじゃ、個人商店はお昼(といっても午後2時頃)に閉めるところが多いが、そのかわり4時~5時頃に又開けて、後は8時頃までやっている。夏の間は午後は休みの店とか、バカンスで2週間~ひと月閉める店というのはあるけれど、一日の営業時間は8時間位。
デパートは夏も冬もなく、昼も閉めないので、一日の営業時間は10時間以上。
最近では大型スーパーやショッピング・モールの中の店など、デパート以外でも、昼休みに閉めないところ、が増えて来てるし…
会社などで夏だけ勤務時間が変るところは結構あるけれど、その分朝早く出勤したり、夏以外の勤務時間が長かったりするし…

日本のデパートは、昔は閉店が6時頃だったと思うのですが、昼間3時間閉めて、閉店時間はそのままだったりしたら、なんか丸得みたい??…でも1ヶ月のバカンスは取れなかっただろうから、トントンですかね?(…って何が?)

最近昭和レトロとか、昭和は良かったとか、昭和が一種のブームになってるようですが、そういう昭和って、多分昭和30年代まで…と、個人的には感じている。東京オリンピックがひとつの区切り?

少し美化され過ぎて、それがある意味では貧しい時代だった事は、触れられないで置いとかれてる気がするけれど、確かにのどかで懐かしいものが色々あった。リアルタイムでそれを知らない若い人たちにとっては、一種の外国のようなものかも知れない。

当時住んでた木造の古い社宅は、夜になると天井裏をネズミが走る音が聞こえ、雨の日には雨漏りがし、台風が来るという度に、親は雨戸を、木で打ち付けて留めていた記憶がある。
昔のおくどさんが勝手口の外に付いていて、電気釜が現れるまでは、実際に使っていたような気もする。

…で、昭和レトロについて色々考えている内に、初めて行った頃のスペインは、ある意味でスペインの昭和だった?…というような気がして来た…フランコの死後と日本の戦後が、一部重なるような気もするし?…という事はつまり、昭和を2度生きたラッキーな人生…ですかね?
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by peque-es | 2008-03-16 20:08 | その他、色々、なんとなく…
「知らない」事を知ってる事
2008年 03月 09日
新カテゴリー≪日本標準、世界標準≫の第二弾は「お釣り」の話になる予定、だったのですが、昨日(8日)の朝のテレビ(NHKの「課外授業 ようこそ先輩」)で、第一弾で言いたかった事と重なる部分のある事をやってたので、ちょっと寄り道(?)。

番組では、戸井十月さんという人が、母校(?)の小学校で、子供達にある課外授業をする。

先ず前置きとして、
世界には色んな国があって、色んな人がいるけれど、みんなお互いの事を知らない。そしてあちこちで戦争してたりするけれど、戦争というのは、相手の事を知らないから起こるのだ…

というような話をして、子供たちに外国の人と会って、話を聞いて、写真を撮って来る、という課題を与える。詳細は省きますが、子供たち、写真は撮れても中々話が聞けなかったり、色々試行錯誤しながら、グループ毎に課題をやってく訳です。

住民の3割が外国人だという新宿の大久保、そこにあるこの小学校では、クラスにも5人外国人の生徒がいる。そういう環境にいる子供達でも、事前アンケートでは、外国人に対して「どこかコワい」というイメージを抱いている生徒が多かったそうだ。

で番組のメッセージとしては、知らないという事が一番恐ろしく、恥ずべき事なのだという、「知る事の大切さ」のような事が語られておりましたが、≪ちょっとスペイン≫のメッセージとしては(笑)それにもう少し付け加えたいのですね。

何かを知る為には、自分が今「それを知らない」という事に気が付かなくてはいけない…という事です。で、「日本標準、世界標準」の第一弾で言いたかったのは、今の日本では、その自覚のようなものが薄れているのではないか? それって心理的な鎖国状態、みたいなものではないか? …というような事だったのだ…という事が、タイムリーな番組のお陰でまとまりました。

スペインの諺に、「自分が知らない事(は何か)を知ってる者が、本当に知ってる者」…El que sabe lo que no sabe, es el que verdaderamente sabe…っというのがある。

(これは≪スペイン語ひとくち知識≫のサブ・タイトル(?)にも使った諺で、その最初の記事「違いの分かる人の…」にも出て来ますが、内容は本題とは関係なく、スペイン語のちょっと専門的な話なので、そういうのに興味のある方だけ、お読み下さい。)

…そういえば日本にも、ありますね…「聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥」…とか!…ちょっと違う?…けど似てる??

「知らない」ものは恐怖を与える事がある。
何かを「知らなかった」と知るのは、あんまり嬉しくない時がある。
「知らない」と知っていても、それを認めるのが嫌な事もある。
でも『「知らない」事を知った』時、人の心はひとつ大きくなり、そうやって少しづつ、「自分とは異質なもの」が「受け入れられる」ようになるんじゃなかろうか? などなど思う。
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by peque-es | 2008-03-09 13:13 | Japón,Japan,Nippon..
エレベーターの「閉」のボタン
2008年 03月 05日
「5年目の日本」で、エレベーターの「閉」のボタンについての「注」を追記していて、更に思い出した事があるので、別記事。

本題に入る前に、この記事に春巻さんと yokocan さんに頂いたコメントから、アメリカやトルコのエレベーターにも「閉のボタンがある」という事が分かった。戦後日本はアメリカをお手本にして来た(せざるを得なかった?)事、そしてトルコが「日本の明治維新をお手本にする」と、言ってたような気がする事、などを考え合わせると、非常に興味深いです。この際、他の国のエレベーターについても知りたいもんです。ヨーロッパ(…と言っても知ってる国は限られてますが…)にはなかったと思うけど、例えばニュージーランド、中国、インド、ケニア、メキシコ…なんて国のエレベーターには、「閉」のボタンがあるのかないのか?

これは少し前に思いついた「日本標準、世界標準」というカテゴリーの記事が書けそうになって来たので、新カテゴリー創設。
実は「日本標準、世界標準」の第一弾は、「お釣り」に対する考え方の違い、のような話を書くつもりだったのですが、それは第二弾(?)になる予定。
新カテゴリーの意味は、日本人が「標準」と思っている事でも、世界に出ると必ずしもそうではない、というような事になる予定。
更に、日本人が「これが日本の標準だ」と思っていても、必ずしも昔からそうではないのでは? というような事についても書く予定。
更に更に、日本人は「外国から来たものだから、これは『世界標準』だろう」と思っていると、全然違ってるんでは? というような事についても書く予定。

…全て、あくまでも予定…です。

さて、記憶がかなりオボロゲながら、上の追記を書いている内に、日本のエレベーターも昔は「閉」のボタンなんてなかったのでは?…というような気がし始めた。

地方都市に住んでいた子供の頃、市内にエレベーターというものがあったかどうか、覚えていない。たまに大都市のデパートなどに行っても、エレベーターのボタンを自分で押す機会はなかったし…エレベーター・ガール、っていうのが居たのよね…あれもやっぱり、スペインに住んでた間になくなった気がするな…

で昭和40年代の終り~50年代の前半位にかけては、職場があった東京のオフィス・ビル等で、自分で行き先階のボタンを押すエレベーターを経験してるのですが、それに「閉」のボタンが付いていたかどうか、記憶が定かでない。

なのに何故、「昔は閉のボタンがなかった」ような気がするか?というと、あれは日本特有のものだったという感覚があるから…なのだ。
多分20代の頃に、「こんなの、日本だけだよ、日本人、何でそんなにアクセクするのか!」というようなコメントを、新聞などで一度ならず目にした気がするのだ。
そしてそれは、それまでなかった「閉」のボタンが、その頃現れたからではなかったか??…と思うのだ。
 
これは多分、当時エレベーターがあった都会のビルで、既に十年位(?)仕事をしていたような、少し年上の人に聞いてみないと、分からない。

で、前の記事でも引用した昔の記事やコメントを読み返していて、そ~か、今の若い人(?)にとっては、エレベーターに「閉」のボタンが付いているのは当たり前で、それが日本だけかもしれないというような感覚はないのだ! と気がついたのですね。

スペインに行ってる間に日本のエレベーターは更に進化(?)したらしく、最近のは行き先階を押すとすぐドアが閉まるように出来てるみたいだ…という事に気づいてから、全員(?)が乗り終るまで行き先階を押さないで待つようにしていたら、ある時妹と一緒に外出した際、後から入って来た妹に、「こういう時は先ず行き先のボタンを押して、それから「開」のボタンを押して待っているもの」だと言われ、暫し愕然。そんな事、頭をよぎった事もなかったのですね。

前述の追記にも書いたように、スペインのエレベーターには「閉」のボタンなどないので、ある階に止まってドアが開いたら、一定時間経つと自動的に閉まるという仕組み。人が出入りするのはセンサーで感知しているので、誰も出入りしなくなって一定時間が経過したら、というような仕組みなのかも知れない。
その間に、ちょっと離れた所から駆けて来る人、カートなどを入れようとして、或いは子供連れや老人で遅れる人が居たら、中に居る人が「開」のボタンを押して待ってあげる、という事ですね。

余談ながら「閉」と「開」のボタンが並んでると、慌てて押そうとする時に手が彷徨ってしまい、開けてあげるつもりが閉めてしまった…という事も多い気がするのですが…

日本では当たり前の事が、世界に出ると必ずしもそうではないと言うと、そんな事、充分分かってると思うかも知れませんが、人間、自分が「当たり前」と思っている事には疑問が湧かないものなので、意外に気づいていない事も多い…自分自身、日本のエレベーターの正しい乗り方(?)が、日本に帰ってから4年以上も、頭をよぎった事さえなかった、という事実からも、それは明らかです。

全てを知る事は、所詮ひとりの人間には不可能。
でも自分の知っている事が「殆ど全て」だと思うのと、世界にはまだまだ自分の知らない事があると思うのでは、大きな違いがある。

だから「日本標準」と「世界標準」、どっちがいいか? という問題ではなく、世界には別の標準=違う価値観があると知る事が大事、と言いたいのです。

最近の日本では、「日本標準」は「世界標準」ではないという感覚が、昔より薄れているような気がする。
言い換えると、「日本標準」に対する疑問符が、昔より確実に少なくなっているという感じ。
これは日本が経済大国となったので、自信が増したという事か? と思いますが、イメージ的な「日本の良さ」みたいなものだけがやたら広まり、本当の日本の良さがどんどん消えて行ったり、少なくなったりしているにも係わらず、みんなしてそれを信じてる、みたいな感じ。

エレベーターの「閉」のボタンのように、20~30年くらい前には「これは日本だけ」、いわば「日本標準」だという自覚のようなものがあったのに、今の日本人は「それが世界標準」と何故か確信(?)してしまってるか、或いはそんな事は考えもしないという事が、色々ありそうな気がするのですね。

特に世界や他の国、他の文化への関心が少ない…というか、あっても、それはどうせ「海外の事」で、日本はこれでいいのだ…というような心理が働いているように見える事が、気になる。例え海外に出ても、「日本標準」を基準にして海外を見てるような…ってまあ、それは仕方のない事なのだけど、なんかモドカシイのよね。日本が鎖国から抜け出して100年以上、ひと昔前と比べても海外に行く人が格段に増えたにも係わらず、鎖国的メンタリティ…のようなものは昔のままか、時には昔より強い感じがするっていうのは…

日本は四方を海に囲まれた島国で、元々異文化に触れる機会が少ない。
大陸にある国々のように、国境をせめぎあって来た歴史もない。
これは「世界は色々」という事を体の芯で学ぶには、大きなハンディですね?

でも、世界には色んな標準があるという事を学ぼうとしない、又学ぶ機会が限られた社会は、非常に不安…

…それは所詮、鎖国社会と同じなのではないか? そして、「他の価値観」を知らない国民は、同じ国の中でも微妙に異なる価値観を受け入れにくく、無意識の内に、自分とは違う人間を排斥したり、抑圧したりしてしまうのでは? という気がするから…?

2008年8月9日: カテゴリー≪日本標準、世界標準≫は≪Japóm, Japan, Nippon≫に統一し、タグとしました。
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by peque-es | 2008-03-05 17:43 | Japón,Japan,Nippon..
エストール
2008年 03月 02日
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百円ショップで見つけたロール・カーテン&別売の部品(それぞれ100円)



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                 →
スペインで自作した2代目のストール(スペイン語式に発音するとエストール)の中の1枚

…を組み合わせたら、ある場所に掛けるストールが作れるのではないか? と思いつき、上記購入して実行。
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←これは布の一部拡大(? 写真は縮小ですが…)。縫い目の裏は右下のようになっていて、グラスファイバー製の棒を通す筒状の布と、ストールを引っ張り上げるための紐を通す輪っかを付けてある。でもグラスファイバーの棒、日本では見た事ないなあ、何で代用しようか…と思っているうちに…
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…でもキレを持って帰ったんなら、棒も持って帰ったんではなかったか?と思い始め…
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…あった! 未だ運送屋のテープが付いたまま、仕舞ってあった!

ヨクゾ持って帰ったものよ、そしてヨクゾそれを思い出したものよと、暫しひとりで感動し…a0072316_1938114.jpg

    
…でも一緒にテープで留めた鉄のバー →

…タペストリー風のハギレ(?)を壁に掛けるためにワザワザ買って持って帰ったのに、今の家にはそれを付けられる壁がないのよね…
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…ちなみにその部品も持って帰った筈だけど、どこに仕舞ったっけか? と探して、
 
←あった、これこれ…とちょっと脱線し…
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100円のロールカーテンに戻って、プラスチックのバーの端を引っ張ってみると、思った通り蓋(?)が外れ、布を引っ張り出す事ができる…

なるほど、こういう仕組みねっと…

a0072316_19573832.jpgロールカーテンの端に縫い付けてある厚紙様の物の代わりに使える物はないかと、ここで又100円ショップに戻る。(余談ながら、日本は百円ショップ、充実してます…商店街の代わり?)

← でゲットした竹ひご(?)をスペインの布の端に縫い付けて、見事成功! 元の生地より厚いので、最初挟み込むのにちょっと苦労しましたが!

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     完成図 →


  リビングから台所への入口。

台所は玄関を入った所からも入れるようになっていて、そこにはスライド式のドアが付いてるのですが、こっちかわには何もなかったのよね。

リビングの暖房効率が、これで少しは良くなるか??

あとは来客時の目隠し用…

a0072316_19405695.jpg半分引き揚げるとこうなる。

グラスファイバーの棒は、こうやって生地が拠れたり歪んだりしないで、タックを取りながら(?)巻上げられる為に通す。スペインではデパートやホームセンターなど、インテリアやカーテンを扱ってるところで、ストール用の部品や棒も買える。
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…ちょっと微調整すべき所が残っておりますが… →

元々微妙に長過ぎて、生地の巾一杯一杯だった棒が…生地が洗濯で更に縮んでしまったのだ…って、サッサと棒を切って直せばいいのですが、暫く、このまま放って置きそうな予感。


…但し問題がひとつ…
百円ショップの部品の仕組みだと、リビング側からはストールを引っ張り上げられない。強引に手を回して紐を引っ張ったり、或いはカーテンのように押し開けたりも、できなくはないけれど…まあ取りあえず数歩歩いて、台所に入る時は玄関側からにしますか?

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…で、100円のロールカーテンの生地は、又いつか、何か思いついた時に使えるかも知れないので、とりあえず置いておく…っと。
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by peque-es | 2008-03-02 21:16 | コーヒー・ブレーク
5年目の日本
2008年 03月 02日
スペインに住んでた間、つまり「日本を留守にしていた間に起こった事」というのがあるのですね。
2003年にスペインから帰って来た時に受けた、色々なカルチャー・ショック
その間時々帰って来てはいたものの、住んでみると一時の帰国旅行では気が付かなかった事が見えて来る。これは逆の場合も又真なりで、観光旅行に行って分かるスペイン、仕事で行ってみて分かるスペイン、一年住んで分かるスペイン、5年住んで分かるスペイン、そして20年住んでや~っと分かるスペインや、未だ分かってないスペインもある訳です。

スペインから帰って一年目、日本はなんか20年前と同じ、というか、スペインの20年間に比べて社会の変化が少な過ぎるではないか? 「なんで?」…と思っていたら、「失われた10年」という言葉を教えてくれた人があり…

で日本に帰って来て5年目の最近、「前川レポート」というものがあった事を知ったのですが…
これは「日本経済は内需中心で行く」という方針を打ち出したものだったそうで(…少なくともそう聞こえた…)
…日本の○○は高いと言われても、それしか知らないとピンと来ないのは当然で、そういう事をよく言う≪ちょっとスペイン≫は、もしかするとケチと思われており、そしてそれは一部(?)当っておりますが…
日本のビジネスやマスコミ、その他色々な局面で感じる、日本の消費者は海外の事情や値段を知らな過ぎるんじゃないだろうか? そしてそれは生産者や企業が、国内市場に頼りすぎて、「国内市場を取り込もう」としてるからじゃないだろうか? というような漠然とした陰謀疑惑(?)に対して、それは国が公にそう決めてやって来たんだから当然じゃないか、そんな事も知らなかったのか!と言われた気分。

社会科系学問に弱く、且つ不勉強なのは事実ですが…

でネットで検索してみたら、この「前川レポート」、「内需拡大、市場開放、金融自由化」というような事を柱にしていたらしい…でも「内需拡大」と「市場開放」って、どっか矛盾してない??? (・・?

とにかくこれって、過去20年に渡って、日本の消費者は外国のモノよりも日本のモノを買うように、そして生産者や企業は外国向けのモノより日本向けのモノを作るように、指導されて来たって事ッスか?
そしてその結果が、「日本は食糧自給率が40%で先進国中最低」だったり、工業製品などでも国際競争力が落ちて、中国や韓国に押されてる(多分?)訳ですか??

で、この前川レポート、20年前のものだって言うじゃないですか?
という事は、今の30代位までの人は、そうじゃない経済を知らない事になり…

少し前に「ゆとり教育の見直し」というニュースをやってたけれど、それを聞いた時に感じたのは、「でも、そのゆとり教育で育った世代が、既に親であり、先生である…そして、それ以前の教育がマズイという反省があったからこそ「ゆとり教育」が生まれた訳で…小学校から「ゆとり教育」で育った人たちに、そうでない教育の仕方を教えるのは、誰なんでしょう?」という事。

そういえば「差別用語の自主規制」も、スペインに住んでた間に始まってるし…

他にも色んな現象が、この間に起こったか、加速したような…そして全然違う分野で起こっているそれらの現象が、どっか深いところで全部繋がっているんじゃないかという気が、ず~っとしているのだけれど…(例えば、家は新建材に覆われ、商店街は廃れ、地方は疲弊し、イジメが増え、産婦人科医が少なくなり、テレビ番組から外国物が消えてバラエティばっかりになり…??? 産婦人科医は余り関係ないかも…(・・;)

で突然話は世界に飛びますが、例えば「ベルリンの壁崩壊」なんていうのも、スペインに住んでた間に起こった訳ですね。
その頃から、昭和レトロの小学校で習った世界地図は、どんどん塗り替えられて行き、子供の頃、得意になって覚えた世界の国の名前だとか、国旗の柄だとか、一体何の為に覚えたのか? もうフォローしてられへんっ、いつか世界が落ち着いたところで新しい世界地図を買って、又復習(?)するから…と思っていたのが、こないだ、ふと気づいた。
もしかして、世界地図はどんどん塗り替えられる方が当たり前なのではないか? むしろ歴史の中では、「地図で塗り分けられた状態が続く」という事の方が稀なんじゃないだろうか? と。

むかぁし習った世界史を思い出してみても、国なんていう概念が生まれたのは比較的最近。ヨーロッパの国の国境なんて、昔っからバンバン変わって来たのよね?
でもそんな風に国境がコロコロ変るのは、何故か「歴史の中だけ」、つまり過去の事だと思っていた。という事は、たまたまその頃は「安定期」だったというだけなのに、それが「あたかも恒久に続く」状態であるかのように学んだ事の方がおかしかったのではないか? と。

そしたら、社会科系に弱いのを少しでも補おうとメルマガ購読している「田中宇の世界ニュース解説」、その「タイミングの悪いコソボ独立」という記事の最後の方に、「…コソボ独立を機に、第一次大戦で作られた世界体制が解体される…」という一節があり、

…そ~か、小学校で習った世界地図は、言ってみれば、「第一次大戦で作られた」世界地図だったのね? と納得した気分になった。

このメルマガ、折角定期購読しているのに、以前にも書いたように、長~い記事が次から次へと送られて来るので、実際は10本に1本読むかどうか、それもざざ~っと目を通す程度、なのですが、少し前にざざ~っと目を通した「イギリスの凋落」という記事にはもうひとつ、「明治維新前に戻る日本」という衝撃的な(?)一節があった。

日本は何だかオカシイと思う時、でもこれは、一体いつ頃からこうなって来たのだろう? と考えると、よく分からない。日本を留守にして居た間に始まった事でも、それはその前から続いて来た何かの結果なのかもしれない…と思う訳ですね。
何かが起こり始めたのは、バブルが崩壊したからだけではないのじゃないのか?という事。
むしろバブルが始まった頃から、或いはその前の高度経済成長時代から引っ張って来てるモノがあるんじゃないだろうか? それとも戦後からとか、もしくは戦前からとか、もっと、ず~っと遡って明治維新から…だったりもするのか?

…だとすると、この際「明治維新」からやり直すのもいいかも? とも思いますが…でも鎖国は困る!…んですが。

一見国際化された今も、色んな場面で鎖国的メンタリティを感じてしまう日本。
田中氏の記事にも書かれているように、江戸時代の日本は「必ずしも暗黒の嫌な社会ではなかったので、明治維新前に戻ることは、日本人にとって苦しいことではない」のだろう。むしろラクな事かも知れない。そして鎖国時代の日本人は、もしかすると今より幸せだったかもしれない。でもそれは、鎖国日本は、その中では幸せでないという感情を、抑えつけたり締め出したりする事によって成り立っていたという事なのでは?
…そしてその間に、世界はどんどん変わって行って、或る日黒船がやって来たのでは?

とまあ、ちょっと飛躍(?)しましたが、5年目にしてやっと、例えばエレベーターで閉のボタンを押すのは、必ずしも日本人がみんな数秒を争ってアクセクしてるからではなく、「最後に乗って来た人が、中で待ってた人に対するエチケットとしてやる」場合もある?…という事が分かって来た…(・・;)

でもそれにしてもやっぱりおかしいよ、と思ってしまう。だって、1分も遅れる訳ではないのに、乗って来ようとする人がいれば、閉まりかけたドアを開けてでも、待ってあげるのは当然じゃないですか?
そんな当たり前の事に気を遣わなきゃいけない日本は、ちょっと窮屈じゃないですか?
…だからやっぱり、エレベーターの閉のボタンは絶対押さない事にしているのだ。


あの時代のスペインに、あの時代の日本から行った、そしてこの時代の日本に帰って来たという事は、やっぱり唯一無二に近い体験だったと思う。その視点は、そう簡単には変わらない。
但し、同じような体験をした人が少ないという事は、理解されにくい(?)体験だったり視点だったりする訳で、うまく説明できないで、つい表現が屈折してしまう。
これは開き直って、できるだけストレートに書くっきゃないか…と思いつつありますが、それでも修正ばっかりしてしまう(…例えばこの部分、とか!…)のは、要は自分自身未だ分かってないからか?…(・・;)…などなど思う、今日この頃。

この記事を書いている途中で、ck-photo さんがタイムリーな地図を載っけて下さったので、ここに引用させて頂きます。今はこうやって、ネットで色々調べられるようになったので、新しい世界地図はもう買う事がなさそう?

追記: 上の青字に変えた部分、注が必要だった事に気づいた。ので、以下、「注」です。

スペインのエレベーターには閉のボタンはない。(…日本以外で、エレベーターに閉のボタンがある国って、あるんでしょうか?)
乗ったら行きたい階のボタンを押して、一定時間経って自動的にドアが閉まるまで待つだけです。で閉まりかけたドアを開ける「開」のボタンはあり、誰かが挟まれそうになったり、急いで乗って来ようとする人が見えれば、ボタンの近くに居る人が開のボタンを押す。
乗って来た人は「ありがとう」(Gracias)と言い、それに対しては「どういたしまして」(De nada-何でもありません)と答えるのが普通です。
エレベーターについて、他にも面白いディテールがある事に今気づいたのですが、長くなるので又別記事にします。(2008年3月3日)
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by peque-es | 2008-03-02 19:45 | Japón,Japan,Nippon..