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咲いたっ!
2007年 08月 31日
発表会の日の昼間、初めての「自作自演」でどういう事になるのやら…と落ち着かない気持ちで居た頃、ふとベランダを見ると、去年の秋に買った野ボタンと、今年の春に買ったバンマツリに、こないだから付いてた花芽(…らしきもの)が、急に膨らんで来ていて…咲くのだろうか? ほんとに咲いたら、なんか応援してくれてるみたい?と思ってたら…

…翌日ほんとに咲いてたっ!
a0072316_12244974.jpg…先ずこれが野ボタン。去年の秋から冬にかけて、本当に沢山の花を付けて楽しませてくれた。小さい内は北風に当らないようにと言われてたので、暖冬の間中、お手製の簡易温室で保護してたのに、そろそろあったかくなって来たからと、それを外した途端に寒波襲来!
葉が一旦全部落ちてしまった後で、下の方から出て来た枝に先ず3輪。他にも花芽が!
…でも上の方に残ってる枯れ枝(?)はこれからどうなるのか…(・・?
a0072316_1228610.jpg(↓の写真で分かるように、上の方は丸裸になってしまったのデアル…今は枝を全部、短く切ってありますが…

…それからこっちはバンマツリ。

春にさんざん楽しませてくれた後、真夏に1,2輪狂い咲き(?)しておりましたが、今度のは狂い咲きじゃなくって、又次々と咲く気配? 
春より花が小さめの感じではあるけれど…

…もしかして春と秋、年に2度も、ケナゲに花を付けたり…するんでしょか???

野ボタンも、去年最後の花が落ちたのは今年に入ってからだったから、今から咲くという事は、一年の半分近くも咲いてる計算になり…実にケナゲ!
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野ボタンの右に並んでるクレマチス(写真中)とブーゲンビリア(同右)は、買った翌年から一度も花を付けてないんスが…

…来年はチミタチも頑張ってね~…
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by peque-es | 2007-08-31 13:01 | コーヒー・ブレーク
スタンウェイのピアノ…
2007年 08月 27日
a0072316_12572155.jpg…というのを、初めて弾いた。(…弾かせて頂いたって言うべきかも?)

実は、作曲を習っている音楽教室の発表会があったのです。
写真は、参加者全員に一輪づつ頂いた薔薇の花。他の方たちは声楽やピアノ、バイオリンなどの生徒さんで、作曲からはこの日はひとりだけ。
当初7月15日の予定だったのが台風で急遽延期となり、それから約1ヵ月半…控え室では先ず一様に、「いやあ今回は長かった…」という声が…

いや、その前にね、私の場合は、最後に人前でピアノを弾いたのは高校生の時でして(汗)…それから実に、ン十年のブランクがあるのですよ!
それに子供の頃のピアノの発表会なんて、先生に言われた曲を、言われた通りに練習してただけで、当日どんな気持ちで弾いたか、な~んて事は全然覚えてない!…という事に、今回気がつきました。唯一覚えているのは、最初は緊張で指が鍵盤に着かないような上ずった感じがするのが、2,3小節ダーッと弾くとその緊張が解けて、指が鍵盤に着くようになるという事。でも今回最初に弾く事になった曲には、その「ダーッと弾くところ」が一箇所もない…つまり緊張が解ける場所がなくて、「指が鍵盤に着かない」感じが、曲の終わりまで続いてしまうのダ…(@_@;)…でも、作ったのは自分だから、文句言えないのダ…

最初に発表会の話があってから、先ず出るか出ないか、どの曲で出るのか、そしてそれを自分で弾くか、それともプロの方にお願いするのか…紆余曲折を経て、最後は自作自演で出る事にしたものの、ン十年ぶりの発表会で、しかも自分の曲を初めて聴いていただくという情況で、どんな心理状態になるものやら、最後まで見当つかず…

もしかしたら緊張でガチガチになって、ずたずたボロボロの演奏になるのではないか?
…イヤもしかしたら、案外大丈夫かも?…という2つの予測の間で…
…先生の気持ちも大きく揺れ動いてたようでありました…(・・; (先生、本気で心配して下さって、ありがとう!)

結果としては、ガチガチぶるぶるにになったおかげで、ずたずたボロボロになる余裕がなかったというか…(・・? (1曲目はやはり緊張で腕がぶるぶる震え、それを鍵盤に伝えないように弾くのに必死で、余計な事を考えてる暇がなかったのデス…2曲目で、作曲者としては痛恨のミスタッチ1ヶ所…その他もろもろ…でも、大きな崩れはなかったような…?)

ホールで聴いてた先生が、弾き終わった後ひと言「良かった!」と、本当に喜んで下さってた(ように見えた…)し…(自分では、「どう弾けた」のか、全然覚えておりまへん…先生によれば、1曲目ちょっと早かったようです。なんせ、1曲目をとにかく早く弾き終えて、2曲目に入りたいと、ソレバカリ思っておりましたので…(゜゜)_(._.)_

でも先生、続けて…「いやあ、想定外だった」…(って何が??)

…え~、本人の感想としましては、直前には「もう2度と自分では弾かないゾ、ピアノの練習にエネルギー取られすぎるもん…」って思ってたんスが、スタンウェイのピアノ、又弾いてみたいような…?

…ヨシッ、宝くじが当たったら、スタンウェイのピアノと、それを置ける家を買うゾ!…
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by peque-es | 2007-08-27 14:26 | 土曜年
ちょっと秋…
2007年 08月 23日
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cazorla さん、日本の空もこんなだよ…って、一瞬だけど、青い空に秋の気配の雲が見えたので、珍しく不精せずに(?)カメラを持ち出して、撮ってみました。2,3時間前。今は全体にどんよりと曇っていて…予報通り、雷雨になるのだろうか??
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by peque-es | 2007-08-23 16:48 | その他、色々、なんとなく…
アダージォ・イン・タクシー~>スペインのカーナビ
2007年 08月 21日
前の記事に日本のタクシーについてのコメントを色々頂いて、あの記事だけではマドリッドのタクシー、超お安いままで終ってしまうので、やっぱりその前に書いてた記事を出すべきではないか?と思いました。今のマドリッドでは100円台で行ける所はありません。最低料金1,85ユーロ? だそうです。

でも、「先に書いてた」前の記事を出す前に先ず、「あとから書いた」前の記事で取り上げた AZCA の地下トンネル、図面があった方がいいかなと思って…
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…地図に白い点線で描いた楕円形(?)が、地下トンネルのルートです。(あくまでもイメージ図?ですので…)
これに沿って、複数車線の一方通行道路が、地下1階と2階の2層になってあります。

そしてオレンジ色の点が、地上の道路からこの地下の巨大ロータリーのような道路への入口又は出口(通りによっては両方)のある所。これも大体だけど…

分かり易い図面がなかったので、こんなんでお許し下さい。

(…でも、結構手間がかかったんだけど…ぼそぼそ…)

で、こっからが、「先に書いてた」前の記事です。あんまりうまくまとまってないんですが…
挿入エピソード(?)は ck-photo さんの記事を読んで、思い出したものです。

a0072316_19394781.jpg…これも去年の11月に撮った写真なのですが、タクシーを撮った訳ではないので(…何を撮ったんだっけか…(・・?)…ちょっと分かりにくいのだけど、この写真の左端に半分だけ写ってる、白地に赤い線が斜めに入ってるのが、マドリッドのタクシーです。大昔は、白地じゃなくて黒地だった気もするのだけど…なんせ古い話なので記憶が定かではありません…(・・;)

この大きさだと見えないのですが、赤い線の上の方に水色で、マドリッド市の旗印(Escudo de Madrid(*)、そして下に5桁のライセンス番号が入ってます。スペインのタクシーは基本的に皆個人タクシーで、ライセンス制なのです。…あれ? その他に、「営業してはいけない曜日」、つまり週に1日、必ず休まなくてはいけない日がタクシー毎に決まっていて、そのイニシャルが書かれてた筈なのに…なくなってる? それとも、写真に写ってない後のドアに書いてあるんだっけ?…(・・???

それにしても、最近のマドリッドのタクシーは随分と奇麗になった。
…1980年代のタクシーは、エアコンも付いてないのが殆どで、外も中も、日本のタクシーでは考えられないくらい汚いのもあった。ま、一般の車も、当時と今では大分違います。全般に奇麗になって、新車が増えたという事です。

空港などのタクシー乗り場では、燃料節約のためか、客待ちのタクシーが全部エンジンを切ってて、それを運ちゃん達が手で(肩で?)押しながら、ちょっとづつ前に進んでた、そんな時代でした。2000年代に入ってから、ある日そういう運ちゃんを家の近くのタクシー乗り場で見かけて、「こういうタクシーがまだ居るんだ…」と、妙に懐かしい気がした覚えがある。

…マドリッドのタクシーがちょっとづつ奇麗になって、ちょっとづつ料金が上がり始めた、多分1990年前後のある時、ちょっと毛色の変ったタクシーに乗り合わせた。先ず運転手さん、「タクシーの運ちゃん」というよりは何というか、物静かなインテリというか…ちょっと老けた大学生というか…そんな物腰と服装なのですね。「…大学は出たけれど就職難で、とりあえずタクシーやってるとか?」…などなど、勝手な想像をしてると、彼が合わせていたラジオのチャンネルから、なんとも心に沁みいるような、クラシック音楽が流れて来た。アダージォとかラルゴとか、そんな感じのオケの曲。

スペインのラジオは日本に比べて、圧倒的にFM放送が多い.。それも局ごとに、スペインの歌ばっかりかけてるのとか、英語のポップスばっかりかけてるのとか、かなり専門化されてます。
で普通の運ちゃんがやってるタクシーは、大抵ちょっとふざけたトーク番組とか、ニュースとか、合間にどちらかというと泥臭いスペインの歌謡曲が流れたりとかするチャンネルに合わせてる事が多い。後にも先にも、クラシック・チャンネルに合わせてたタクシーは、この時だけです。

当時はクラシック音楽なんて殆ど聞かなかったのに、ラジオから流れて来る曲を追ってる内に自ずと無言になって、聴き入ってしまった。会社の用事で外出した帰りで、目的地のオフィスは、リマ(*)という大きなロータリーの手前、進行車線とは反対側のビルにある。ロータリーを回るとタクシーのメーターがひとつ上がっちゃう可能性がある。いつもはロータリーに入る前に「ここでいいから」とタクシーを降り、広~い道路を徒歩で横断してたのに、この時は無言のままロータリーに突入…そして回り終わってオフィスの前に車が停まった丁度その時、音楽も静か~に終ったのです。思わず「音楽をありがとう」って、チップあげてしまったような気がする。意図的ではなかったと思うけど、あれって、お客に「ワン・メーター」ケチらせないための、非常にスマートな方法だったと思う。

≪フラッシュバック・スペイン≫の「10.車」の章の最初に、上にグレーの字で書いた「昔の客待ちタクシー」の話が出てきます。それから20数年後、日本に帰国する直前に乗ったタクシーには、初めてカーナビが付いていたのだった。

カーナビといえば、去年の11月に再訪した時、車にGPSという一種のカーナビ装置を付けたスペイン人の友人が増えていて、暫しGPS談義…私の中では、マニュアル嫌いのスペイン人(?…自分の事なのでは?…)とカーナビって、余り結びついてなかったので、ちょっと意外だった。…というか、GPS=カーナビと最初は理解できてなくて、話について行けなかったんですけどね…(・・;)
でも中に、頑として抵抗してるバイク乗りが約1人いて、「オレはGPSなんかぜ~ったい!付けんゾッ。道に迷ったらナ、例えばお前みたいな(…つまりGPSを付けた…)ドライバー見っけて、そのお尻にくっついて行くんだ。その方がずっといい!」(…うん、私もそれがいいかも…(゜゜)
そして、ある友人のカーナビは「音声方式」で、行き先をインプットすると女性の声で「…次の信号を右に曲がって下さい。その直後に、最初の角をもう一度右に曲がって下さい。そして…」とか、ちゃんとを作って、早口のスペイン語でひっきりなしに喋るのです。…ちょっと不思議な感じでした。

スペイン語でも「タクシー」はシ(taxi)ですが、「タクシーの運ちゃん」は(タクシ・ドライバではなく) taxista(タクシスタ)と言います…念のため。

(*)注1: マドリッド市の象徴、マドローニョと呼ばれる木に寄りかかる熊のシルエットです。

(*)注2: 最初の写真、地図の上方に見えるメトロのマークがある所がリマのロータリー、通りの斜め向かいにあるのは、レアル・マドリッドのホーム・スタジアム、サンティアゴ・ベルナベウ・サッカー場です。そして下のメトロがヌエボス・ミニステリオスの駅、その下側の巨大ブロックにはミニステリオス、つまり国の省庁の一部が入ってる…筈です。
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by peque-es | 2007-08-21 00:44 | スペイン:人、物、言葉…
1946年の都市プラン
2007年 08月 19日
マドリッドの旧市街よりは北側、ヌエボス・ミニステリオス(Nuevos Ministerios)という鉄道の駅(*)の近くに、AZCA (アカ)と呼ばれる一帯がある。正確には市内を南北に走るカステジャーナ通り(Paseo de la Castellana)に沿って、その西側の、ヌエボス・ミニステリオスと、レアル・マドリッドのサッカー場があるリマ(Lima)という交差点(ロータリー)の間辺りです。

リンク先の写真でご覧になれるように、高層ビルの集まったモダンな地域。…これは一帯を北側から見たもののようですね。
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…そういえば去年の11月に、自分で撮った写真があったんだ…

…AZCA の丁度真ん中辺りに立って、北の方の高層ビルを眺めた写真(→)と…

…反対側のデパートの入り口を撮った写真(↓)
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余談ながら、大きい方の写真の右奥に見える、丸いビルの中のオフィスに、一時勤めてました。

1985年頃には未だ完成しておらず、人気の少ない時間帯に通るのは、ちょっと物騒なような空地が残ってましたが、今は公園や噴水も整い、旧市街の趣きはないけれど、まあ奇麗なところになりました。

で書きたかったのは、実はこの下にある地下トンネルについて。
この一画を囲むような形で、数車線ある地下道路が、それも地下1階と2階の2層構造で造られており、その何箇所かに地上道路への出入り口がある。いわば超巨大なロータリーのようなものが、地下にあるのです。
周辺の高層ビルやデパート、ショッピング・センターの地下駐車場とも繋がっていて、そしてこのトンネルを利用すれば、地上の道路や交差点の渋滞を避けて、目的地に近道する事ができる。但し、選ぶ車線を間違えると、目指したのとは別の道路に出ちゃいますけどね。

実は次の記事として、あるタクシーの事を書こうと思ってたんスが、今イチうまくまとまらず…でもうひとつ別のエピソードを付け足してみたりとか、そのためにネットで検索してみたりとか…してたら出て来たのが、このスペイン版 Wikipedia の記述

それによると、この AZCA のプランが最初に承認されたのは、なんとっ、1946年だというではないですか!
その頃、この一帯は未だ「マドリッドの外」で、鉄道の駅やオフィス・ビル、遊歩道などを含む、新都心計画のようなものだったらしい。
最初はオペラ座や図書館、植物園などの文化的な施設も含む計画だったのが、プランの規模が縮小されてこうなったそうです。

…なんかね、ふと、自分の死後100年以上もかかって建設される事になる、サグラダ・ファミリアを設計した、建築家ガウディの生まれた国なんだよな…って思ってしまった…関係ないですかね?

すぐ側を通るカステジャーナ通りも、本線、側線、バス専用路線…横断するのに信号3つはある大通りで、出来た時代を考えると、これはかなりスゴイ事だ。車の増えた現代でも、マドリッドの南北方向は、この通りのお陰で比較的渋滞が少ない。昔の名前をフランコ総統通りといい…こういう広い通りは「独裁者」でなくちゃ造れないんだ…と言った日本人がおりましたが…

…今行われてるマドリッドの大工事(「マドリッド工事中」)、50~60年後にはどんな感じで捉えられるんでしょね?

ところで、上の検索をするきっかけになったエピソード:
確か1985年頃のある日、乗り合わせたタクシーが、AZCA のトンネルの中で車線を間違えて、その結果ぐる~っと廻って、入ったのと同じ道路に出て来てしまった!
「…すいません、未だ新米なもんで…この分は貰いませんから…いつもは幾らかかります? ほんと、いつもと同じ料金でいいですから!」

当時のマドリッドのタクシーはとても安くて、市内のどこでも100円台で行けるような感じだったんだけどね…

(*)注: ヌエボス・ミニステリオスは鉄道の駅ですが、地下にあります。スペインの南部に向かう鉄道路線が集まったアトチャ(Atocha)駅と、同じく北部に向かう路線が集まるチャマルティン(Chamartín)駅を結んで、鉄道がマドリッドの地下を通ってます。
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by peque-es | 2007-08-19 01:16 | スペイン:人、物、言葉…
昔住んだところ
2007年 08月 14日
…毎日暑いですね…お盆ですね…夏休みモードですね…書きかけの記事を仕上げる気力ないですね…何となく回顧モードですね…

…という訳で、昨年11月、マドリッドを再訪した時に撮って来た写真の中から何枚か…

a0072316_1362459.jpg…初めてスペインに行ったのは1980年の8月の終り…そういえば当時の日本は、夏でも、こんなに暑くならなかった…30度を超えたらもう、猛烈に暑い感じがしたと思うのですが…

…そして語学学校と陶芸学校に通いながら、マドリッドに2年間滞在した、その頃に住んでた辺りです。

マドリッドの中心部に比較的近い、アンドレス・メジャード(Andres Mellado)という通りの62番地、ここに1年間。
最初の3ヶ月間、アメリカ人の女性とスイス人の女の子と、いわゆる「シェア」をして住んでたピソ(Piso、英語のフラットです)を出て、次に住んだところです。

部屋貸し、つまり下宿のような形だったけど、大家さんと同居ではなく、台所や、小さいけれどサロンも使えたので、ピソのシェアに近い感じでもあった。

a0072316_1372169.jpg外から見ると建物の玄関の左側、その1階だったので…多分この写真の、日本で言うと2階部分に窓が3つ並んでる…その一番左の、木の葉に隠れた窓が、自分の部屋だった筈…と思って撮った一枚。

この家で起こった色々な事件については、『フラッシュバック・スペイン』のこの辺に、ほんのちょっとだけ書いてます。いつかもう少し詳しく…特に大家のオバサンのゴジについては、是非書きたいと思ってるんですが…いつ書くんだろう?…(゜.゜)

a0072316_138147.jpg部屋の窓から見えた向かいの建物の、日本で言う1階部分には、映画館シネ・カリフォルニアがあった…今は入り口にレンガが積まれて…閉鎖されちゃったみたい。

このシネ・カリフォルニアには、一度、語学学校の同級生だったフィリピン人の女の子が、「『エレファント・マン』を見たい」と言って一緒に行った覚えがあるのだけれど…あんまり好きな映画じゃなかったナ…(@_@;)
a0072316_1381735.jpg通りを少し下に行った反対側にあった Mercado (メルカード、市場)の入口…これも閉鎖されちゃったのか? それともこの日は、普通のお店はみんな閉まる祝祭日だったんだっけ…?

メルカードというのは、中に色んな個人商店が沢山入ってるような感じなのだけど、≪フラッシュバック・スペイン≫の「6.お店の人」に出て来る、八百屋さん魚屋さんなどは皆このメルカードの中にあったお店で、パン屋さんや、卵屋さん…というか鶏肉屋さんは、このメルカードの通りを挟んだ反対側にあった。
「1ペセタ貸し」のシステムを初めて教えてくれた(?)肉屋さんは、メルカードの中の…確か2階の一番手前辺りにあったような…
a0072316_138417.jpgBar (バール) Los Chicos (ロス・チコス)は、昔のまま!
ここには陶芸学校で知り合った友達に連れられて、よく来た。この日も同じ友人たちと一緒だったのだけど、中に入る時間がなかったのは、ちょっと残念。

…せめてもう少し近づいて、店の名前が見えるところで写真をもう一枚(↓)。

a0072316_1385112.jpgそういえば2002年の終り頃、同じ職場の同僚が、数年机を並べて仕事をした後で、ある日突然この地区の出身だと分かり、「え~っ、その頃どっかですれ違ってたかも…」「ロス・チコスのパタタス・ブラバスは最高だったよな…」という話で、暫し盛り上がったものだった。

パタタス・ブラバス(Patatas Bravas)というのは、スペインのバールで出てくる、典型的なジャガイモ料理のひとつで…、≪スペインふう家庭料理≫のメニューにも、ず~っと前から載っけてるんですが…未だ作ってみてない…いつか載っけますので_(._.)_

この辺は旧市街に比較的近く、でも旧市街に比べると道が広くて、碁盤の目のように整然と並んでいる。

でも中には、以前「マドリッドの路駐事情」で紹介したような狭い道も…(…って言っても、日本の「新興住宅地」であるこの辺より広いけどね…(・・?

a0072316_13545021.jpg友達のお父さんは、アンドレス・メジャード 62 番地から歩いて5分くらいのところにあるこの通りで、家具の町工場をやっていた。
そのお父さんが亡くなったあと、工場は閉められてしまったが、友達のお母さんは、今もその上にある小さな家で、同じく未亡人となった妹と一緒に暮している。

a0072316_17194779.jpgこの通りには、古くて、どちらかというと質素な家が並んでいる。建物もあまり高くないですね。
マドリッドっ子の友達が子供の頃には、未だこの辺りに牛屋さん(…とでも訳せばいいのか?) - vaquería というのがあって、牛を数頭(?)飼って、牛乳を売っていたとか…
写真の左手前は、古い建物が取り壊しになった跡の空地。そのすぐ隣は、窓の感じなどから見て、新しく建て直された建物のよう。

昔住んだところ…日本も含めて沢山あるのだけど…初めての海外暮らしをしたこの辺りと、マドリッドで最後に住んだ家の辺りが、やっぱり一番思い出が濃いかも…

スペイン語で El tiempo pasa... (時は過ぎて行く)と言います。

追記: アンドレス・メジャード通りのメルカード(市場)、記憶を辿ってみると、未だ続いているけれど、中に入ってるお店の数がグンと少なくなって、寂れた感じだと、友達との会話で出てきたような…写真を拡大してみると、入口には未だ Mercado と書かれているし…この日はやっぱり、祭日だったのでしょう。(2007年8月15日)
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by peque-es | 2007-08-14 20:52 | その他、色々、なんとなく…
久しぶりにプチ・ジャズ…
2007年 08月 02日
…を、もうひとつのブログ:≪ちょっとスペインの音色 & petitesmusiques≫にアップしました。

音楽ブログを再開した訳ではないのですが、休止中にもかかわらず:ヤフー・ポッドキャストで番組を登録して下さった方が100人を超え、ただお礼言うだけではなんなので(…って何なんだ?)、ひとつ録音してみました。
こちらで試聴して頂けます。

登録して下さった方たち、そして音楽を聴いて下さってる方たち、ありがとうございます。
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by peque-es | 2007-08-02 20:34 | その他、色々、なんとなく…