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区別を恐れる社会?
2006年 02月 27日
(昔の別荘で書いた記事をコメントごと持って来ました。)

ピアノの先生のブログを読んでいて思ったんだけど…日本てもしかして…区別を恐れる社会?

彼女の記事(2月22日「比べること」)は、「比べてはかわいそう」「比べることはいけないこと」という風に思っていたのが、「比べる」という言葉の意味を誤解していたのかもしれないと気づいた、という内容(少なくとも私の理解では!)だった。

でも「違いを区別できる感性って大事じゃないの?」「差別と区別は違うんじゃないの?」という意味のコメントを書き込んだら、結構当たり前のことを書いたつもりだったのに、深みのあるレスが返ってきて、逆に考えさせられてしまった。いや彼女、いつもこっちの言葉を実物より深めて捉えてくださるので…きっと生徒さんのひとりひとりに「いいところ」を見つけてあげられる、素晴らしい先生なんだろうなと想像してます。

で考えさせられたっていうのは、「子どもののまま大人になっている人は、自分で選ぶという事がある事さえ気がつかぬまま、迷っている…」というクダリで…

日本ってそういう社会? 日本人て、自分で選べない??

勿論そんなことないよね。自分というものをきちんと持って、選択して生きている人いっぱいいるよね? たとえそれが「自分はこれがやりたい」、「自分はこれが好き」という積極的な選択ではなく、「これはやめとこう」「これはキライ」という消極的な選択であったとしても。
自分は本当はこうしたい、けど今はできない、今できる事の中では自分はこれが一番したい、或いはこれだけはしたくない…というような選択をできる社会のはず、だよね? 今の日本は。
世界には、日々の生活を生きるのが精一杯という人が大半を占める国も多いと想像するけど、少なくとも今の日本では、そうではない人の方が多いよね?

でも確かに、「人と違う」ことに対する風当たりが強い「均一社会」っていうのはあるような気がする。「区別」が「差別」と取られることを恐れて区別しないようにする、でもそれだけじゃなくて、人と違う、同じじゃないと見られるのを嫌う社会とでも言ったらいいのか、できるだけ「区別されないように」するってところはないだろうか? つまり「する」方も「される」方も「区別」がコワイ!?
 
初めてスペインに行った80年ごろと比べると、日本の社会も随分多様化したと思うことも多い反面、なんか本質的には昔と変わってないな、日本って極東の島国で、単一民族で、鎖国時代の意識が中々抜けない、個人としての力が今イチで、こんなの世界じゃ通用しないよ、などなど、悲観的な気持ちになることもしばしばある。

けど「人と同じ事をしていれば安心」というのは、どんな国民にもある。いや、日本人に比べたらまるでテンデバラバラに見えるスペイン人だって、実はそうなんだから! 
人と大きく違うことをするのにある種の勇気が必要なのは、どんな社会でも同じじゃないかと思う。

人と「大きく」違うか、それとも「ちょっとだけ」違うかっていう比較のスケールが、多分違ってるかも知れないとは思うけど!!

いずれにせよ人間には、「人と同じことをしていれば安心」な面と、「人と違うことをやりたい、自分は人とは違うと知って欲しい」面と、両方あるはずだと思うんだけど。
日本人だってほんとは、他人とは違う「個」の願望って、あると思うんだけど。

でなきゃ、こんなに沢山のブログができないと思うんだけど!!

そういう統計があったら是非知りたいと思うのですが、人口当たりのブログ開設数とか出したら、日本ってかなり高いんじゃないだろうか?
少なくともスペインよりは高そうな気がする。
でもそれは「コンピューター技術が進んでいて、ネット社会がスペインより発達してる」からではない、ような気がするんだけど…



by amikajpn | 2006-02-27 13:55 | ヨーロッパ、世界、日本… | Comments(10)

この記事に「昔の別荘」で頂いたコメント&お返事
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by peque-es | 2006-02-27 13:55 | Japón,Japan,Nippon..
スペインで買い物するための必須会話
2006年 02月 21日
(ジオログ: ≪ちょっとスペイン…の玄関≫に書いていたものをコピーしました。日付は元の記事の日付ですが、時間は出たとこ勝負です。)

○○○ちゃんが大学ではスペイン語やりますって…スペイン語って人口の割にマイナーだけど頑張ってね!

でも英語以外の外国語が喋れるの、何となく良くない?
パリにはフランス語喋る黒人が結構いて、なんか英語喋る黒人よりもカッコ良かった。関係ないかな?

ところでスペインで買い物する時の必須会話ってのがある。買い物といってもブティックでブランド品を、ではなく、市場やスーパーで食料品を買う時のなんだけど。

それは「最後はどなたですか?」「私です」…これ、行列を作ったり順番待ちをしなくてはいけない状況で、順番を[自主管理]する為のやりとりなのだ。

日本の銀行の受付番号機みたいなのがある店もあるけど、混んでない時はいちいち番号取らなくても分かる。となると番号取るのメンドクサイ。お店の人もつい応対してしまう。日本の銀行じゃ空いてても番号取らせたりもするけど、スペイン人は融通利くから(!?)そういう事はしない。

でそうやって番号機を省略して事が進んでいるところへ、新しい客が来て番号を取り始めたらどうなるか…順番グシャグシャ! 揉める事必至!

そこへ行くと伝統的な自主管理システムは実に簡単かつ有効。
店に着いたら先ず「最後はどなたですか?」と聞く。待ってる人の中から「私」と答えてくれる人がいたら、お礼を言って、しっかりマークしておかなくてはいけない。そしてその人が買い終わって、お店の人が「お次の方?」と聞いた時に、すかさず前に出て「私」って言わなくちゃいけない。

このプロセスを怠ると、いつまで待っても買えなくなる可能性もある! 
少なくとも、次に来た人が「最後は?」って聞いた時に「私です」って答えておくことと同じ位、大事なプロセスです。
まあ、その場に居合わせた誰も順番をはっきり知らなかったり、逆に「私の次に彼が来て、それからもう1人来たけどどっか行っちゃったから、アナタ彼の次よ」などと、しっかり人の順番も管理してくれてる人がいたり、状況は様々なので、あくまでも臨機応変に対処して下さい。

会話を原語でという方は、≪スペイン語ひとくち知識≫の「ドンジリはどなた?」をお読み下さい。

[コメント : 16]
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by peque-es | 2006-02-21 22:47 | スペイン:人、物、言葉…
「生ハムの食べ方?」…(別記)
2006年 02月 15日
(ジオログ: ≪ちょっとスペイン…の玄関≫に書いていたものをコピーしました。日付は元の記事の日付ですが、時間は出たとこ勝負です。)

えーと…HPを作ったり、ブログを始めたりしたことで、一部の身内からは「書くの、好きだねえ」などと言われてるようなのだけど(君のことだよ、☆君)、実は書くの、そんなに好きじゃない(笑)
いや、ほんとに書くのが好きな人って、どんどん書けちゃって、そしてずーっと書いてても苦にならないんじゃないかと想像するのですが…私、書いたり消したりが多くて結構時間がかかるし、書きたい事はあっても「よし、書こう!」っていうエネルギーが中々溜まらないというか、湧き上がらないというか…

というような言い訳で、「その内書きます」と言ってそのままになってた「生ハムの食べ方?」、やーっと書きました。但し1000字では書けなかったのでHPの料理に載せました。
でもね、さんざん考えて、あーでもないこーでもないと書き直した割には、タイトルにクエスチョン・マークが付くような結論だったりして…!?
なので関連記事として「生ハムにケチュップ」ってのを、急遽ひとりごとのところにアップしました。よかったらこちらも読んでください。そして前回アップした「あなたの名前はドレですか?」(スペイン語)で紹介したテープが、出版社にまだあったことが分かったので追記を付けました。

以上、前の記事でリンクを貼れなかったので別記しました。
そういえば、ジオログのこの1000文字っていう制限も、中々書けない理由のひとつ? 
いつもオーバーしちゃって、「書く」よりも「削る」のに時間がかかる私。

[コメント : 7]
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by peque-es | 2006-02-15 22:56 | その他、色々、なんとなく…
同じタイプの耳?(最終回)
2006年 02月 15日
(この記事と前の2つの記事は、HPの整理に伴い、amikajpn のジオログから、コメント込みで「別荘?」に持って来ました。コメントを頂いた方たち、どうかご了承くださるようお願いします。)

「同じタイプの耳?」いよいよ最終回。
人はなぜ「同じタイプの耳」になったりならなかったりするのか? ってことを、ちょっとだけ(!)考えたのだ。
音楽が聞こえる人も、ラジオが聞こえすぎる人も、余分な雑談が全部聞こえてしまう人も、いったいどうして「そーゆー耳」になったのか?

耳に限らず人間の五感は、5歳くらいまでに発達するとかって聞いたことある。例えば見るための視細胞は生まれた時に既にあるけど、それを脳で感じる(?)ためのニューロンのコネクションみたいなものは、実際に刺激を受けることによって徐々に形成されて行く、というような事。

だからそのコネクションができる時期に怪我その他の理由で眼帯してたりすると、見る機能の一部が失われてしまうとか、或いは日本人が聞き分けられないRとLの発音の違いも、幼児期に例えばアメリカとかで育つと聞き分けられるようになる、などなど。

で私が音楽が「聞こえる」耳になった、考えられる唯一の理由は、この「聞く」という能力が発達する最後の2年間、ピアノの先生んちのお隣に住んでたってことだけなのだ。
そ、4歳の時に引越した先の、オトナリのオバチャンがピアノの先生だったの!
それも2軒続きで家も庭も繋がってる社宅のお隣。
でレッスンの音が毎日聞こえてきたの!
それを丸2年続けて、6歳で自分もピアノを習うことになった時、知らない曲がなかったの…

つまり毎日色んなレッスンが聞こえてくる環境にいたら、色んな曲を自然に覚えちゃってたのだ。

音楽というものを、意識が発達する以前に沢山聞いた事によって、非常に原始的な感覚の次元で音楽を聞くようになった?
そういえばあまり真剣に譜を見てなかった気もするし…
前回書いた「音楽をカウントする」作業も、意識して1,2とか数える時以外は、音を聴く作業と同時に(数えず)にやっちゃってる感じがするし…
音楽が「聞こえる」のは必ずしも耳からではないというか…ほら、生物で習った「パブロフの犬」みたいに、脳を通らずに体に伝わるんじゃない?…とか思うことあるし。

だけど言葉の方は、聴こうとしないと聞こえない、そして時には聴こうとしても聞こえない耳になっちゃった理由がどうしても分からない…心当たり皆無!

この記事に頂いたコメント&お返事
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by peque-es | 2006-02-15 12:45 | その他、色々、なんとなく…
生ハムの食べ方? (Cómo comer "Jamón serrano"?)
2006年 02月 14日
(ホームページの≪スペインふう家庭料理≫をブログに統合し、記事を持って来ました。記事の年月日はオオヨソです。)

a0072316_1315596.jpg生ハムっておいしいけど、家にあっても使いこなせない…と言われて(ジオログ)その内「生ハムの食べ方」について書きますと言ったのに、中々書けない…

先ず充分に熟成されたおいしい生ハム。これはそれだけで食べるしかない、それが最高においしい食べ方です。勿論他のおつまみがあっていいし、合間においしいパンをひとくち食べたり、ワインやビールで喉をうるおす。だけど生ハム自体に何かを混ぜたり、味を付けたりはしない。サラダに入れるなんて「モッテノホカ」です。

何にでも一家言ある人ってどこにもいるけど、スペイン人のそういう口ウルサイのに言わせたら、上等の生ハムをドレッシングの酢味で汚すなんて「冒トク」だと言いかねない! そ、ボートクです、ボ・ウ・ト・ク。(ノートパッドには正しいトクの漢字が入ってない。当用漢字じゃないのか…でも代わりに出てくる漢字、気に入らないからカタカナにしてしまった。すいませんが各自、辞書で確認してください。)

だけど「おいしい生ハム」とそうでないのを、どうやって見分けるの?
そして他にどんな料理を並べればいいの?
おいしいパンってどういうの?

そう。ワインやビールはお金を出せば、日本でもそれなりの物が手に入るけど、それ以外の
要素をどう詰めるか? ってことだ。

先ず「おいしい生ハム」をどこで見分けるか?
生まれた時から生ハムを食べてるスペイン人たちは、それほど高くなくてもおいしい生ハムを見分けるのがうまい。お手ごろな値段で「うん、コレはイケそう」ってのをちゃんと見分ける。
でも日本人にはこれは難しい。近くに「目利きのスペイン人」の友達がいない時は、食べてみるしかない。色んな値段と外見のものを食べ比べて、おいしい生ハムの特徴を掴んでいく。

「超高級」の生ハムはスペインでも高い。でも普通の庶民が普段口にするのは、それほど高く
ない「普通の」生ハムだ。そして、今日本に輸入されて、ネットやスーパーなどで売られている
生ハムの大半は、「ちょっといい普通」の生ハムの感じがする。日本での値段は「高級」並だけど!

a0072316_13144844.jpg色は「濃い目」がおいしい。「淡いきれいなサクライロ」なんてのに騙されちゃダメです。それは
元の肉の色が薄いか「熟成」が足りない「生」の色。
同じ生ハムの足でも外側と内側、つまり外腿と内腿では色が違う。内腿の方が色が濃くて、この内側の部分だけを Centro de jamón として売ってることがある。結構良いです。

で次の問題は、そうやってとにかくゲットした生ハムを、どうやって、又どういうものと一緒に食べればいいのか?

そもそもスペイン人なら、庶民的な値段の「普通の」生ハムを、どうやって食べるのか?

a0072316_13171564.jpg例えばバゲット・タイプのパンにそれだけ挟んで食べる。ボカディージョ・デ・ハモンという。
パンにはバターも何も付けない。ついでに言うと、おいしいパンは何も付けなくてもおいしい!

同じくバゲット・タイプのパンに生ハムとスライスしたフレッシュ・トマトを挟んで食べる。
或いはバゲット・タイプのパンに、ニンニクやトマトで風味付けしたものに生ハムを挟んで食べる。これはニンニクやトマトを切った断面をパンの断面にこすりつけて風味を移すのだ。

同じパンを軽くトーストして、オリーブ・オイルをたらしたのに挟んでもおいしいかもしれない。
ついでに言うとスペイン人は、オリーブ・オイルをバターの感覚でパンにつけたりする事がある。
或いはバゲット・タイプのパンにチーズと生ハムを挟んで食べる。

これらは簡単な食事や子供のおやつとして、ごく日常的な食べ方だ。

それからメロンに生ハムを乗っけた所謂「生ハム・メロン」は普通の食事の前菜、というかメイン・ディッシュの前の料理として使われる。でもこのメロン、日本で売ってるメロンとは種類が違い、味も違う…そして値段は安い!

オードブル風に色んなものと一緒に食べたければ、チョリソや他の豚肉製品、チーズ各種などを並べて、そしておいしいパンがあればそれでいい。デザートは、これ又種類が豊富で値段も安い果物をたっぷり食べれば、それで簡単な食事になる。

でも日本じゃ先ず、パリッとしておいしい本物のバゲットに中々出遭わない。本物のチョリソやサラミなど、他の豚肉製品も手に入らない。チーズの種類も少ない。メロンの種類も違うし、高いし、トマトもへたすると赤いだけで、柔らかすぎて味がない、デザートにする果物は高くて、ちょっとしか買えない…
こうして見てくると、生ハムと一緒に食べておいしいものって、生ハムと同じで、スペインではごく普通に手に入るものでも、日本だと見つけるのが難しかったり、高かったりするものばっか…

あーあ、メゲるなあ…でもしょうがない、ここは日本だ…と自分に言い聞かせつつ…
うん、おいしいパンが見つからなかったら、トーストしてバターでも塗るか? 
スペインのケソ・マンチェゴはないけど、好みのチーズを幾つか切って並べてみる。
そして普通のソーセージでも、レバーペーストでも何でもいいから…とにかくテーブルに並べる。
そして肝心の生ハムも、予め冷蔵庫から出し、そしてパックからも出して暫く「汗をかかせた」ものを並べる。コレ、生ハム専門店の人から聞いた裏ワザ(?)。スペインだとその場でスライスしてもらう小売が殆どだけど、日本では逆に真空パックになってるのが普通だと思うので。

で各自好きなものを取って、パンに乗っけて食べてみる…あれ? つまり生ハムは生ハムとして、ただ食べるってだけか? こんなにいっぱい書いたのに!?

でも、料理が苦手な人でも、上に挙げたようなものを綺麗に並べて、サラダとか作って、それに
オリーブの実とか添えれば、それなりに結構感じが出るんでない?

そして、これなら絶対生ハムにも合うっていう一品、それは他でもないトルティージャ!! 
a0072316_13302585.jpg
これならジャガイモと卵があればできる。
あときのこの炒めたのとか(マッシュルームなどに、ニンニクと赤唐辛子で風味をつけて炒めるとスペイン風になる)、海老のガーリック・オイルとか、日本でも作れるスペイン風のオツマミ、或いは一品料理は多々あれど、ここでは紹介しきれない。逐次メニューに加えるつもりですので、今暫く待っていただけませんでしょうか? 書くのが遅くて恐縮ですが。

待ちきれない人は、たとえば右にリンクのある MICAN さんのHP:「スペイン料理大好き」に行ってみてください。

最後に、庶民的な生ハムが最もよく料理に使われる場面、それは炒め物や煮物。
a0072316_19421559.jpgでもこれも日本の炒め物や煮物とは大分イメージが違う。インゲン豆やふだん草、カリフラワー…一般に茹でる野菜ならなーんでも、たーっぷりの量を、日本のオヒタシの数倍の時間をかけてクタクタに塩茹でし、最後にお湯を切ったところへニンニクの刻んだのと生ハムのクズを放り込み、オリーブ・オイルをたらしてザッザと混ぜる。その他生ハムのクズや安い生ハム・ブロックは、豆類を煮込んだりスープのダシを取ったりするのに大活躍する。

つまりね。生ハムは、安いものでも、それに味を付けて食べるよりは、それで他のものに味や
風味をつけるのに使われるということ。上等の生ハムにお酢をかけたりしたら「冒トク」だって
言いそうな「ウルサイ」スペイン人の気持ちが、少しは代弁できたでしょうか?

あ、それからケチャップやマヨネーズもかけちゃダメ~!!!
(興味のある方は、12番目のひとりごと: 「生ハムにケチュップ」をお読みください。)

というわけで、日本のスーパーで売ってるスペインの生ハム、私は温野菜の味付けに使う。
ちょっとリッチな気分になる。
それからスパニッシュ・オムレツのところに写真を載っけた「生ハム入り」のトルティージャ。あれは普通 tortilla paisana (田舎風トルティージャ)といって、ジャガイモの他にピーマンやパプリカを入れて作るのを、「本当の生ハムの定義」で書いた、最高級の生ハムを出す店で頼んだら、その最高級の生ハムのクズが入って出てきたのだ! 
それに感激したので、「ちょっといい普通」の生ハムを小さく切ってマネしてみたのだ! 
おいしかったヨ! ごめんなさい。(2006年2月)
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by peque-es | 2006-02-14 13:06 | スペインふう家庭料理
同じタイプの耳?(続き)
2006年 02月 11日
(この記事と前後の記事は、HPの整理に伴い、amikajpn のジオログから、コメント込みで「別荘?」に持って来ました。コメントを頂いた方たち、どうかご了承くださるようお願いします。)

そう、皆さんに随分色んなコメントを頂いて、続いてしまいました、同じテーマ。

前回の最後に書いたように、私は歌詞を覚えるのが超苦手。
覚えようとして覚えた歌詞でも、暫く歌わないと簡単に忘れてしまう。
メロディの方は、例えば一度しか見てない映画のテーマ音楽が、数年後に何かのBGMで流れてきたりすると、「ああ、これはあの映画のテーマ音楽だ」と分かるのに! です。

子供の頃に何らかの努力をして覚えた歌詞で今も歌えるのって、「小学校校歌」の一番と「君が代」、そして高校の音楽の先生がある時それに凝って、音楽の時間に歌わされたグレゴリオ聖歌が2曲…他に何かあったっけ?

これらの曲の共通点は、歌詞を「意味のある言葉」として覚えなかったってこと。
小学校の校歌も君が代も格調高き文語調で、当時は意味が分からなかった。
グレゴリオ聖歌のラテン語も、今ならスペイン語の助けで想像できるところもあるけど、習った当時はチンプンカンプン。
勿論それぞれ、先生方が意味を説明してはくれたのだけど、言葉として文法的に理解して覚えたわけではない…
ということは…そうか、これらの曲の歌詞はいわば記号のようなもんで、音として、音と一緒に覚えちゃったんだ。
一方意味を理解して覚えた歌詞は、言葉として覚えた…

ほら、右脳と左脳とか、前頭葉だとかっていうアレ、脳の各部分とその働き? みたいなのに関係があるんじゃない? と思ったんである。

例えば音楽は右脳で聞く? でも意味のある言葉はもしかすると左脳で理解してて、でも意味が分からないで覚えちゃった歌詞は、音にくっついて右脳に入ってる…とかサ

そういえばスペインでクラシック・バレエを習ってた時、エクササイズを説明しようとして音をカウントすると、必ず音楽からずれてっちゃう先生がいた。でもカウントしないで踊ってる時はちゃんと音楽に合わせてる…。
バレエ、上手だし!
つまり音楽だけを聞いている時はちゃんと音が聞こえてるのに、それを「カウント」しようとした途端に音楽からずれ始める?

そうか、「音楽を聞く」っていうのは多分右脳の作業。一方「数を数える」のは左脳の作業じゃないかしらん?
で、それぞれを別にしたらちゃんとできるのに、両方をコーディネートするのがヘタな人がいる!?

ちなみに私は音楽をどこでどうカウントしてるか考えてみたら…あれ? カウントしてないじゃん!?

この記事に頂いたコメント&お返事
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by peque-es | 2006-02-11 12:37 | その他、色々、なんとなく…
同じタイプの耳?
2006年 02月 05日
(この記事と、それに続く2つの記事-「同じタイプの耳?(続き)」「同じタイプの耳?(最終回)」-はHPの整理に伴い、amikajpn のジオログから、コメント込みで「別荘?」に持って来ました。コメントを頂いた方たち、どうかご了承くださるようお願いします。)

「同じタイプの耳」人間なんて、ロンドンの若い友達はうまいこと言ってくれるなあ(未だお読みになってない方は彼女のブログの2月3日の記事「私が買わないだろう理由」とその関連コメントをご参照ください。)
いや、前から気になってたの、このテーマ。人によって「耳に聞こえ易い音」っていうのが違うみたいなんだよね。

私がもしかしたら「人と違う耳」をしてるのかもしれないと初めて思ったのは、スペインでジャズ・ダンスのレッスンを受けていた頃。レッスンの最中に皆に「音楽を聴いて!」と叫ぶ先生、「○○○は音楽をよく聴いてる」と名指しで誉めてくれた先生、…こういう時の「聴く」は英語の listen to に当る動詞。

最初は大して気にしてなかったけど、ある時思った。私は音楽を hear してるわけでもない。音楽は「聞こえる」もんだよ! みんな、違うの?

そういえば、私がバレエやダンスで音に付いて行けない時、それはテクニックが足りなくて必要なスピードで踊れないからだ。音楽の方がゆっくりなら逆にスピードを落とせばいいのだから(それも一種のテクニックを要する事ではあるけれど)ラクショー…ではなくても、聞こえてくる音楽に体が自然に合わせようとする。

ところが自分より上手な人たちが音に合わせられないで、音楽よりドンドン早くなっちゃうことがある。つまり聞こえてない?

そうか、自分で「聴こう」としないと音楽が聞こえない人がいるんだ! 彼らは「音楽を聴く」っていうスィッチをオンにしないと音楽が聞こえない。だから先生が「音楽を聴け」って言うのか!

ここまでは私も、ロンドンの若い友達同様、自分は耳がいいのだと思ってた。

ところがその後、「音感は悪いけど外国語の耳はいい」という友達登場!
彼女は所謂「ながら勉強」ができなかったと言う。つまりラジオが「聞こえすぎる」のだそう。へーえ!

更に更に! ブログにリンクさせて頂いてるピアノの先生、ある講習を一緒に受けたのだけど、私が聞いてない背後のやりとりが、彼女には全部聞こえていた! えーっ?

そこで第二段階。言葉に関しては、自分は聞こうとしないと聞こえない、という事実に気づいたのだ。つまり「聞きたい話」とそうでないのを無意識の裡に(?)区別して、スィッチを切り替えてるってことです。同じ曲のメロディはひとりでに覚えるのに、歌詞はダメ!

この記事に頂いたコメント&お返事
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by peque-es | 2006-02-05 12:16 | その他、色々、なんとなく…
スペインの生ハムの続きとスペイン人のジェスチャー
2006年 02月 02日
(ジオログ: ≪ちょっとスペイン…の玄関≫に書いていたものをコピーしました。日付は元の記事の日付ですが、時間は出たとこ勝負です。)

えーと、先日ネットで購入したスペイン産の生ハム、トルティージャに入れた他に、そのまま食べる、同時購入したフランスのプチ・パンに薄くスライスしたトマトと一緒に挟んで食べる、っていうのを試した。
で残りで今、「冷蔵庫で生ハムを熟成させられるか?」という実験してる。日本製生ハムほど「生」ではないけど、もう少し熟成してた方がもっとおいしく…

まさかとは思うけどサ、冷蔵庫の中は一応寒冷な気候だし、ラップをゆるめにかければ程よく乾燥して…?(笑)
1パック200gは1人で一気に食べられないし、どうせ冷蔵庫に入れとくんならこーゆー馬鹿な実験してもいいかと思ってネ。

結果は又後日。

ところで先日、近所をマイ・ミニ・カーで走っていて赤信号で止まったら、向こうから来てとまったのは私営の大きな路線バス。でこっちは右折だったし、信号が変わってもすぐには発車しないで待ってたんである。
ところが先方も発車しない。気が付くとライトをパッパと点滅させて合図を送ってる。え? 先に行けっての? バスが軽に? 右折だけどいいの? と一瞬の内にめまぐるしく考えて、お先に行かせてもらった。

親切なバスの運転手さん?
そういえばあのパッパの合図はスペインでも同じ…と考えている内に思い出した。マドリッドのオフィスの地下駐車場から出て走っていると、後の車のドライバーが片手を窓から出して、クルクルパーのジェスチャーをしてる、のがバックミラーで見えた。厳密にいうとクルクルパーのパーのところ。握った手を上に向けて拡げるアレ。しかもどうも私に合図してる…
一体何が言いたいねん…と暫く走ってから気が付いた。駐車場を出るところで気をとられることがあって、車のライトを消すのを忘れていたのだ。
あのジェスチャーは「パー」ではなくて「パッ」、つまりライトの灯り。「ライト、消し忘れてるよ」と、一生懸命伝えようとしてくれてたのだ。

日本人の「パー」とは違うかも、とは一応考えたけど、何かからかわれてるのかと思ったのに。
ライトを消した後、バックミラーごしに手を振って「ありがとう」と伝えたつもりだけど、伝わったかな?

そういえば、日本人が「わたし」と言う時、人差し指で自分の鼻を指すのが、スペイン人にはオカシイらしい。じゃあスペイン人は?っていうと、指ではなく手の平や拳を胸にあてて「わたし」と言う。

アメリカ人や中国人はどういうジェスチャーで「わたし」って言うんだろう?

[コメント : 3]
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by peque-es | 2006-02-02 23:07 | スペイン:人、物、言葉…
生ハムにケチュップ
2006年 02月 01日
(ホームページの「ひとりごと」から。作成日は月までしか書いてなかったので、日時分は出たとこ勝負…)

先ず最初に、タイトルのケチュップっての、書き間違いじゃないからね。
スペイン人はケチャップをスペイン語読みして、ケチュップって発音するのだ。

今からかれこれ20年くらいも前になる。私はロンドンでのオペア生活を終えて帰って来たスペイン人の友達に誘われて、電車でコルドバに行った。マドリッドから夜行の寝台車に乗って。
スペインの電車、ヨーロッパ映画などに出てくるコンパーティメントみたいなのもあるけど、乗ったことない。私が乗ったことあるのは、座席、寝台を問わず2等どまり。
でスペインの2等寝台(もしかして3等寝台)には、3段ベッドが両側に、つまり一部屋に6台のベッドがある。ベッドに座ると頭が上のベッドにつかえる。ベッドには座ってられないってことだ。ベッドに入るのは寝る時だけ。私と友達はそれぞれのベッドに荷物を置いて、出発までの時間、というか眠る時間が来るまで、通路に出てお喋りしていた。

そこへやって来たのは「見るからに外人」の若い金髪男性。
「見るからに外人」というのはどういう格好かっていうと、白っぽいTシャツにやはり白っぽいショートパンツ…いや、ほんとに白かったのかもしれないけど、白って汚れやすいから…
洗濯はちゃんとしてるみたいだったけど!? それにズック地か何かのリュックを持ってたような気がする。そして素足にペッタンコのサンダル。ストレートの金髪はうしろでポニーテールにしてた。アメリカ映画に出てくる、西海岸はロスの若者みたい!?

ひとこと説明すると当時のスペインでは、避暑地の海岸とかならともかく、街中をショートパンツで歩く人はあまりいなかったのだ。そういうのはヤンキー、つまりアメリカ人とかアングロ・サクソン、或いは北欧系の観光客のスタイル、だったのだ。おまけにスペイン人には少ない薄い目の色に金髪で、背もスペイン人の平均よりは高め、そしてこれ又、その頃は未だ余り見られなかったポニーテールと来てはね。「私はスペイン人じゃありません」と言って歩いてるようなもんだ…

その青年、暫くすると、私を「やはり外人」と認めて英語で話しかけてきた。「英語、シャベリマスカ?」…いやね、ほら、こっちにいるスペイン人の友達の方が英語うまいんよ、ロンドンに2年いたんだから…
でも彼女は何故か、むこうを向いて知らん顔。片言の英語で会話を続けるハメになった。

最初はお決まりの「どっから来たの?」「日本人?」みたいなことだったんだと思う。

「カリフォルニアで日本の会社の仕事をしたよ」
へえ、そうなの…
「今は休暇中だけど…法律事務所で、日本の会社の…」
え? この格好で弁護士なの? 幾ら休暇中とはいえ、ちょっと信じがたい…
法律事務所=日本の会社とは思えないから、多分彼が仕事をしてるのは法律事務所で、そこのお客の中に日本の会社があるってことかな?
「…コンピューター・カンパニー…」
ふーん、私もマドリッドにある日本のコンピューター・カンパニーで働いてるんだけど…
つまりカリフォルニアの法律事務所で日本のコンピューター・カンパニーのための仕事をしてたって言ってるわけかな…でもほんとに弁護士? 
「会社の名前は○○○」
えーっ! 私が働いてる会社とオンナジ! おまけに私の上司や、もっと偉い人の名前が、彼の口からポンポン飛び出す。「ミスター・ダレソレって知ってる?」「いや、名前は知ってるけど会ったことないよ。」「ミスター・カレソレは?」「いや、見たことはあるけどさ…」
好青年ではあるけれど、なんかちょっと得体が知れないし、それに法律事務所って言ったよね…なんかマズイ事あるといけないから、あんまり喋らない方がいいかも…と思ってる内に彼が言った。

「スパニッシュ・レストランで注文するのって、ベリー・キュリアス!」
それまでの会話で、彼がなんでも「キュリアス」と形容するのが分かってた。つまり面白いとか、興味深いとか、そういう意味で使ってるみたい。「ワオ!」とか「ワーィ」の言い換えと思っていい?
「メニューが分かんないから、カウンターの料理を見て、指で指して注文するんだけど、ベリー・キュリアス」
うん、彼がレストランて言ってるのは、スペインのバール(Bar)の事だね。タパス(Tapas)がいっぱい並んでるからね。スペイン語の分からない観光客には、あれ、便利だよね。

「タコみたいなのが並んでるけど…タコを食べるなんて、ベリー・キュリアス!」
そうね、アメリカじゃ食べないんだろうね。

「ボカディージョ・デ・ハモン(Bocadillo de Jamón)てどういう意味?」
そうか、どこのバールでもメニューに書いてあるから、見て覚えたんだね。生ハムをパンに挟んだものなんだけど、えーと、どう説明すればいいのか…
「それはサ、サンドイッチみたいなもんなんだけど、普通のパンのサンドイッチじゃないの。えーと、なんていうの、あの、こーゆー形のパン…」
「バゲット?」
「そうそう、そのバゲットみたいなパンで作ったサンドイッチのことをボカディージョっていうの。例えばボカディージョ・デ・ケソていったらパン with チーズ、ボカディージョ・デ・ハモンていったらパンwith ハム…」
「そうか、なるほど…でも without ケチャップ?」
うっ、いやーアメリカン!! 生ハムにケチャップをかけようってのか? ちょっと想像できない味だけど…でもスペイン人て融通が利いて、頼めば何でも出してくれちゃったりもするから…
「うん、without ケチャップだけど、頼んでみてもいいんじゃない?」

これは聞いた話だけど、ある時マドリッドのラストロ(蚤の市)近くの有名なバールで、アメリカ人観光客が「カタツムリ」を注文したそうだ。
スペイン料理のカタツムリはフランス料理のエスカルゴなどより小ぶりで、正にカタツムリ!
おまけに料理のタイミングによってはツノが出たままで、私はある時そのツノを見てから食べられなくなってしまった。
でも珍味とされてることに変わりはない。その観光客はガイドブックかなんか読んで、これは是非その店で食べてみようと思ったに違いない。でカタツムリと一緒に「コカ・コーラ」を注文したそうだ。で店の主人だかボーイだかが、「カタツムリはワインと一緒に頼むもんだ。それがイヤなら出てって貰おう」とかナントカ、言ったらしい!

サンダル脱いで、汚い電車のトイレにもペタペタはだしで歩いて行ってたカリフォルニアン・ボーイの彼が、ショートパンツ姿で現れて、「生ハムにケチャップかけてくれ」って言ってたら、その店の主人ならなんと言っただろう? 
スペイン人は一般に、アメリカ人やアメリカ文化を「あまり尊敬してない」と言っていい。スペイン人が「ヤンキー」という時、それには一種軽蔑の響きがあった。当時、ヤンキー文化の最たるハンバーガー・チェーンは既に幾つかあったけど、そういうのって「本当の食事」とは認められてなかったし…
でもラストロに行ってカタツムリを注文した件のアメリカ人は、多分ギラギラした中年男性? 
私の頭の中ではポロシャツにチェックのジャケットとか着たりしてて、いかにもスノッブなイメージがあるんだけど、この青年はどちらかというと「若者の貧乏旅行」っていうイメージで、もしかしたらスペイン人が優しくしそうなタイプ? 「アンちゃん、それだけはやめとくれよ」と説教されるくらいで済んだりして…?

日本でも似たような話を聞いたことがある。築地のおすし屋さんでジュースを頼んだら、ジュースは甘いから寿司の味を損ねる、ビールかお茶にして下さいって…
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by peque-es | 2006-02-01 23:13 | スペイン:人、物、言葉…