同じタイプの耳?(続き)
2006年 02月 11日
(この記事と前後の記事は、HPの整理に伴い、amikajpn のジオログから、コメント込みで「別荘?」に持って来ました。コメントを頂いた方たち、どうかご了承くださるようお願いします。)

そう、皆さんに随分色んなコメントを頂いて、続いてしまいました、同じテーマ。

前回の最後に書いたように、私は歌詞を覚えるのが超苦手。
覚えようとして覚えた歌詞でも、暫く歌わないと簡単に忘れてしまう。
メロディの方は、例えば一度しか見てない映画のテーマ音楽が、数年後に何かのBGMで流れてきたりすると、「ああ、これはあの映画のテーマ音楽だ」と分かるのに! です。

子供の頃に何らかの努力をして覚えた歌詞で今も歌えるのって、「小学校校歌」の一番と「君が代」、そして高校の音楽の先生がある時それに凝って、音楽の時間に歌わされたグレゴリオ聖歌が2曲…他に何かあったっけ?

これらの曲の共通点は、歌詞を「意味のある言葉」として覚えなかったってこと。
小学校の校歌も君が代も格調高き文語調で、当時は意味が分からなかった。
グレゴリオ聖歌のラテン語も、今ならスペイン語の助けで想像できるところもあるけど、習った当時はチンプンカンプン。
勿論それぞれ、先生方が意味を説明してはくれたのだけど、言葉として文法的に理解して覚えたわけではない…
ということは…そうか、これらの曲の歌詞はいわば記号のようなもんで、音として、音と一緒に覚えちゃったんだ。
一方意味を理解して覚えた歌詞は、言葉として覚えた…

ほら、右脳と左脳とか、前頭葉だとかっていうアレ、脳の各部分とその働き? みたいなのに関係があるんじゃない? と思ったんである。

例えば音楽は右脳で聞く? でも意味のある言葉はもしかすると左脳で理解してて、でも意味が分からないで覚えちゃった歌詞は、音にくっついて右脳に入ってる…とかサ

そういえばスペインでクラシック・バレエを習ってた時、エクササイズを説明しようとして音をカウントすると、必ず音楽からずれてっちゃう先生がいた。でもカウントしないで踊ってる時はちゃんと音楽に合わせてる…。
バレエ、上手だし!
つまり音楽だけを聞いている時はちゃんと音が聞こえてるのに、それを「カウント」しようとした途端に音楽からずれ始める?

そうか、「音楽を聞く」っていうのは多分右脳の作業。一方「数を数える」のは左脳の作業じゃないかしらん?
で、それぞれを別にしたらちゃんとできるのに、両方をコーディネートするのがヘタな人がいる!?

ちなみに私は音楽をどこでどうカウントしてるか考えてみたら…あれ? カウントしてないじゃん!?



この記事に頂いたコメント&お返事

1:
洋楽好きの人が言うに「日本語だと生々しすぎて、照れくさい。外国語のほうがいい」日本語は言語として認識しているから?外国語は音で認識する?そのほうが実は何かと良かったりして。ところで、グレゴレオ聖歌ではありませんが、いわゆるレクイエムを聴いていると念仏のように「キリエ・エレイソン」を繰り返してたりするだけだったりしますよね。音でいいんじゃないの!?

投稿者 がっちょーん : 2006年2月11日(土) 20:44

2:
グレゴリオ聖歌も、確かに繰り返しが多くて覚えやすいっていうの、ありますね。
中高生の頃覚えた洋楽の歌詞は、既に英語習ってたからやっぱり「言葉として」覚えちゃったみたいで…
外国語って、その国の人にとっては日本語のように生々しい筈で、それが照れくさくないのは、
実は言葉が本当には分かってないから?
日本人にとっては「音」でよくても、ネイティブから見たら「ちょっと違う」んじゃあ…?

投稿者 amikajpn : 2006年2月12日(日) 12:19

3:
すみません少々説明不足でした。その洋楽好きの日本人は「いわゆる日本人が歌うポップス」の歌詞が生々しいと。だから音でさらっと聞き流せる洋楽がいいなと言っておりました。彼は初期の中島みゆきなんて聴いていられないでしょう。きっと。思うに最近の日本語歌謡(○崎あ○みとか)は「もっともらしい美辞麗句を並べているが実は空虚」と批判されたりしています。それは生臭さを嫌う若者の気分を代表しているのかもしれません。

投稿者 がっちょーん : 2006年2月12日(日) 17:01

4:
なるほど、あの方の歌は「実は空虚」なんですか(笑)
私は長いことスペインにいる間に、日本のポップスに対する関心が薄れてしまいました。
歌番組も見ないし、誰がどんな歌歌ってるのか知りません。
紅白見て、ナルホド今年はこういう歌が流行ったのかって(笑)
歌詞だけでなくメロディも、ヘンに技巧に走ったような曲が多くなった気がして…
素直に「あ、いいな」「うまいじゃん」って思えるような曲を聞きたいと思うんだけど…

投稿者 amikajpn : 2006年2月13日(月) 12:14

5:
「空虚」←ワタシの表現は時に大袈裟ですのでまあまあ。もしかするとあまりあの方の歌はご存知ないかもしれませんが(実は私も関心がない。けれど雑誌の批評を受け売りした)はっきり言ってどうでもいいような歌詞を並べています。つまんないです。なんであんなのが人気が(あった)のか理解できません。

投稿者 がっちょーん : 2006年2月14日(火) 00:51

6:
いえ、歌は知らないけど、顔とか「人となり」のイメージはなんとなくありますよ。
であの顔が「実は空虚」と一部に言われているのかと…!(笑)
でも回りの若い人たちを見てると、決して空虚なものを求めてるようには見えない…
物に恵まれている分、本当に熱くなれる(ナマグサイほど!)ものに触れる機会が少ないのかな? とは思うけど。
空虚な(?)ものを売ろうとして来たのは、実は大人、ではないですか?

投稿者 amikajpn : 2006年2月14日(火) 22:48

7:
言い訳ですが、あくまで歌詞が、です。TVのトーク番組でみせる彼女の一面はとても人間的ですね。でもそれすらプロデュースする側の思惑だったりして。いやいや、彼女は自我が強いみたいだし、やはり作られたイメージではなく、素の一面は当然出るのでしょうが・・・。(ちょっと苦しい)

投稿者 がっちょーん : 2006年2月15日(水) 00:35

8:
そんなに苦しまないでください!(笑)
私の書き方が分かりにくかったのだと思いますが、空虚に「聞こえる」歌、空虚に「見える」顔ってことで…いいんじゃないですか?
今のところ反論ないし(笑)…でも、それが空虚に聞こえない、或いは見えないという人にとっては、それなりの意味があるっていうことで…!!

投稿者 amikajpn : 2006年2月15日(水) 14:30

9:
はいな(^^)でも議論に慣れていない日本人!?は苦しむのでーす。(そうかな??)

投稿者 がっちょーん : 2006年2月15日(水) 20:46

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by peque-es | 2006-02-11 12:37 | その他、色々、なんとなく…
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