ポスト団塊
2007年 02月 13日
明治時代に建てられた木造校舎の小学校に通った。
クラスの名前が松・竹・梅・桜…あとになって分かったのだけど、こういうネーミングはどうも、当時既に珍しかったらしい。
そういえば中学も高校も、1組・2組、とかA・B・C…だったと思う。

ところでこの小学校で、ひとつ前の学年には6クラスあった。当時1クラス45人位だったと思うので、ざっと90人位は子供の数が多かった訳です。それが所謂「団塊の世代のシッポ」に当る。その前は多分、クラス数は同じでも、一クラスの人数がもっと多かったでしょう。

ちなみに、2クラス多かった時の、あと2クラスの名前は何?って思った方、いる?

確か菊と桐…だったと思うんだけど…ある時、この話をしたら、「花札みたいだなあ」って言った人がいました。ほんとだね。

で小学校に通ってた6年間ず~っと…ず~っと! ですよ、「あんたらのお兄さん、お姉さんたちは、もっと自分から勉強したのに…」っていうような事を言われて、育ちました…デス。

中学に行ったら行ったで、「お前ら、呑気やなあ! 去年まではみんな、もっと宿題出して下さい、もっと試験して下さい、言うて来よったのに…」と嘆かれて…

公立の中では進学校として知られていたその中学校、数学のレベルが高いという事で越境入学して来る子供が多く、生徒の男女比がアンバランス…男子3:女子2位の割合だった。
うちはたまたま、父の転勤で引っ越して行った先の社宅がその校区にあったんだけど。

で授業で出る宿題だけじゃ物足りない(?)という生徒の為に、科目ごとの補修ドリルを、生徒が勝手に取って行けるようなシステムがあったんですが、そのドリルも「去年までは取り合いだったのに、今年は余っとる」って…

確かに毎日、かなりの枚数が余ってたけどね。



ところが大学に入ったら、そうやって子供の頃から厳しい競争に晒されて来た「団塊の世代のシッポ」の方たちと一緒になっちゃいました。菊組や桐組のお兄さん、お姉さんたちが、1浪、2浪して、同じ学年に入って来ちゃったんですね。

で最近、団塊の世代が大量定年を迎える、みたいな事で騒がれてますが…

…どうも、高度成長経済やそれに繋がるバブル経済、そしてバブルの崩壊から現在に至る経済の低迷というか、果ては地域社会の荒廃のようなものまで含めて、み~んな団塊の世代から始まった…みたいな感じで、ちょっと腑に落ちないんスが…これって気のせい?

確かに高度成長経済を担ったのは彼らが若かりし頃の労働力。
でも、当時既に「上司」だった方たちがいて、それが彼らの労働力を使ったんでしょ?

戦後日本の方向付けをしたのって、むしろ団塊の世代のひとつ前、或いはふたつ前くらいの世代じゃないですか?
…そういえば「日本列島改造論」なんていうの、あったよね?
団塊の世代はそういう社会の枠組みと、そして過当競争の中で止むを得ず、経済を引っ張って行ったんじゃないの?
その挙句に、地域や家庭を顧みなかった、ひいては次世代に自分たちの技能を伝えてない、なんて言われてるのを聞くと、なんか、どっか、食い違ってる気がするんスが…

でも、その前の世代はその前の世代で、敗戦国日本の復興のために、必死で働いて来たっていう事になるのかも…

…ほんとに、一体誰が間違えて、こ~ゆ~日本になったんでしょね?

でも高度経済成長を団塊の世代が発明(?)したような捉え方してても、間違いは是正されないのではないだろうか??

バブルが崩壊して終身雇用制度が崩れたあおりを一番くらったのも、実は菊組や桐組のお兄さん、お姉さんたちの世代だったかも…っていう気がして、ちょっと弁護(?)…
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by peque-es | 2007-02-13 12:15 | その他、色々、なんとなく…
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