フランス語は数が数えられない?
2005年 07月 31日
(ホームページの「ひとりごと」から。作成日は月までしか書いてなかったので、日時分は出たとこ勝負…)

…と言って、石原都知事がフランス人たちから抗議を受けた。最後のクエスチョン・マークを付けずに半ば断定的に言っちゃったらしい。なんとまあ大胆な、というか無謀な、というか…
でも言ったんでしょ、多分…

12進法に比べて10進法の方が近代数学、というか算数に向いているのは確かかもしれない。
日本語の数の数え方は、日本人が算数、というか算術を比較的得意としたことに大きく関わっているということを、私も読んだことがある。それは非常に立派な面白い本で、石原都知事の発言よりもずっと深い知識に裏づけされていたと思うけど、その中でも12進法で数を数える言語が「数が数えられない」などとは、ひとことも言ってなかった。

今「日本人が算術を比較的得意とした」と過去形で書いたけど、これは意図的です。
簡便な計算器が普及している現代では、生身の人間の計算能力、特に暗算や筆算能力は、確実に衰えている。おまけに「ゆとり教育」だもんね。(≪少子化≫
ここ数年、世界の子供の学力テストでも、日本の子供は決して「数学や算数が得意」とはされてないはずだ。

フラッシュバックの≪お店の人≫の章でも書いたように、フランス語と同じラテン語系のスペイン語で計算するスペイン人たちも、結構暗算ができる。日本人と同じように九九も覚えている。スペイン語で九九を言うのはちょっとまどろっこしいけどね。
ゼロを発見したのは日本人ではなく、ガロアとかいう天才的数学者は確かフランス人だった…

おまけに現代数学は10進法だけではない。コンピューターは2進法? 最新の物理学や他の難しい学問では一体どんな計算方法を使っているのやら、見当もつかない。日本語の伝統的な数の数え方が、たまたまある種の計算方法に合っていたというだけで、日本語は「数が数えられる」けど「フランス語は数が数えられない」って言ったんだとしたら、あまりにも短絡的ではある。

要は石原都知事が「フランス語で数が計算ができるところまで」は、フランス語を勉強しなかった、というのが正しいのではないかと思います。数字や計算の概念というのは言語中枢とは別のところで処理されるのではないかと思うんだけど、「外国語で計算する」というのは、かなり難しい作業なのです。
で問題は、それをポロッと(?)公の場で(?)口に出しちゃったことでしょう。
自分が知らないものを知っているような、それほどやってないことをやったような錯覚は誰でも陥りやすいものではあるけれど… 日本では特に、ちょっと何かができたら、それでもう「すごくできる」みたいな錯覚が、広く蔓延してるような気がする。アマチュア大国ってことかもしれないけど…
石原都知事も「フランス語をやった」ことがあると、そう思ってたわけでしょう?

うちの近所の駅前にはかつて「○○PRAZA」と堂々と書いた雑居ビルがあった。PURAZA とでも書いてくれたのなら、まだしも「ローマ字」ということで通せなくもないんだけど。

そういう例は多分、収集して挙げ始めたらキリがなくなるでしょう。語学が苦手な人を非難しようとしているのではないのです。語学が苦手なら苦手でいい。苦手な外国語を「使う」前に「辞書を引く」という姿勢がないことを非難しているのです。「知らない」ことの自覚がないのが、嘆かわしいのです。何でもひとつのことを「知ってる」というには、ハンパじゃない道のりがあって当然なのに、その道のりの100分の1くらいのところでも「結構知ってる」ように思わせる社会が不安なのです。

ついでに言うとね。ネイチャー・コールは「おしっこ」のことではない! 
「自然の呼び声」だ!!
それが「おしっこ」を意味することもあるという英語のセンスを教える代わりに、「=おしっこ」という教え方で子供がバイリンガルに育つような、そんな「幻想的」なコマーシャルはやめて欲しいんだけど…

2005年7−9月
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by peque-es | 2005-07-31 23:48 | その他、色々、なんとなく…
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