世界は遠かった
2007年 01月 18日
ちょっと回顧モードです。「エルヴィスの生まれた日」に nupra さんや seilonbenkei さんから頂いたコメントから、こういうモードになったかも?

今から僅か30年くらい前の日本では、世界は今よりずっと遠かった
過去半世紀に激変したのは、スペインだけじゃなかったのだね…
でも今の時代、日本は本当に世界に近くなったのか? という疑問が兼ねてよりあるのですが、それについて書く踏ん切りは未だついてないので、今日はちょっと別の話。

seilonbenkei さんのコメントに「1ドル=360円」というのが出てきますが、変動相場制なんていうのが導入されたのはいつ頃だったっけ?

1970年代の中ごろから、ある外資系の商社でOLをやっていた。業務のひとつに海外出張者のための航空券その他の手配というのがあって、航空券やホテルはそのまま旅行社とかに手配すればいいのですが、出張者が旅費として持って行くドルの準備をしなくてはいけなかった。
今なら円の現金とクレジット・カードのみで海外旅行をすることも不可能ではないけど、当時は先ずドルのトラベラーズ・チェックを持って行くというのが定番。
取り引き銀行の銀座店まで行かないと外貨が購入できなかった…
…だけでなく、持って行く額が1500ドルを超える場合は日銀に届けなくてはいけない、「外貨の持ち出し制限」というのがあったのです。
親会社はヨーロッパにあったので、ヨーロッパ出張が多い。ちょっと長かったりすると、ホテル代その他で1500ドルをオーバーしてしまう。そういう出張者が出るたびに、書類を準備して日銀まで持って行く。そして今度はそれを取り引き銀行の銀座に持ってく…という事をやってた。

初めてスペインに行った1980年には、その制限がなくなっていたと思うので、変動相場制の導入は、多分その5年くらいの間のこと?



当時ヨーロッパに行くのに一番安かったルートはどれか?
ヨーロッパへのフライトは大きく分けて、北極経由、シベリア経由、南回りの3通りあった。
東西の冷戦時代が終結して「北極経由」は廃れてしまい、アンカレッジの Duty Free shop じゃ閑古鳥が鳴いてるって聞いたのはいつ頃だったっけ?

まあ飛行機の中ではアエロフロートが安いという事になってたんですが、モスクワでの乗り換えが往々にしてトラブるとか…
大韓航空も結構安くって、パイロットは皆空軍上がりなので操縦はうまいとか…
色んな情報がありました。

でも一番安かったのは多分シベリア鉄道。新潟から船に乗ってナホトカだっけかに着き、そしてシベリア鉄道に乗って、1週間くらいかかって(?)ヨーロッパまで行く、という方法。

なんとなくロマンがあって、高校時代くらいには憧れてたルートです。だけど、気が小さくて度胸のない私は、結局30前になってから、JAL の片道切符を正規の運賃で購入して行った。

でも私より少し前に行った人たち、未だフランコが生きていた時代にスペインに着いた先輩たちで、「シベリア鉄道を使った」という人、何人か知ってます。

今とは、「海外に行く」ということの意味や重さが違っていた。
でもそれより更に前に世界に出て行った人たちも、いるんですよね。
そして日本文化を盾にするのではなく、向こうの土俵で頑張って功成り名遂げた、例えば小沢征爾のような人? そういう人たちって、本当にスゴイと思う。

今海外から日本に来て活躍している人たち、例えばオスモウさんとか、いますね?
態度がふてぶてしいとか非難されてる人もいるけど、社会や生活の習慣が全く違う国に来て、文字通り日本の土俵で頑張ってる。日本語でちゃんとインタビューにも答えるし。
彼らの努力、ハンパじゃないと、私は思う。
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by peque-es | 2007-01-18 13:48 | その他、色々、なんとなく…
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